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恋のバカンスは、予言通りにはいかない!?
ビーチボーイズ #1
しおりを挟む――八月。
「うおぅ、あちぃな。暑ーい! しかも、めっちゃ眩しい!」
ホームに降り立った途端、まばゆい真夏の熱線に包まれた。
まだ午前中だというのに、八月に入った夏の陽射しは、皮膚を突き刺すように容赦なく照りつけてきている。
「めちゃ暑ぃけど、晴れてて良かったぁ」
ホームから見える海からの潮風を大きく吸い込み、バッグを肩に掛けて隣を見る。
「なっ、土岐? 皆で思いっきり楽しもうなっ?」
「あぁ。だが、あまりはしゃぎすぎるなよ。お前、去年いきなり駆け出して岩場で転んだだろ? 今年はあんな心配させるな」
「あ、うん。わかってる。気をつける。へへっ」
へぇー。去年転んだ時、土岐ってば俺のこと心配してくれてたのかぁ。そっかぁ。
あん時、めちゃクールに対応されて、俺、ちょっと寂しかったんだよなぁ。片想いだと思ってたから我慢したけどさ。
でも、そっかぁ。ふーん。うへへっ。
目の前に広がる神奈川の海と青空を見るふりをして横を向き、ニヤつく顔を土岐から隠しながら改札に向かった。
土岐と俺、それから一色と高階。四人でのグループ行動だ。明日までの二日間、俺らは一色ん家のプライベートビーチで一緒に過ごす。
うん、はしゃぐなって言われても無理だよ。俺、はしゃいじゃう。身体も心も、ウキウキでふわふわしてる。
だってさ。この日が来るのをめっちゃ楽しみにしてた。ずっと待ちかねてたんだから!
「武田ぁ。いつものアレ、食おうぜ」
「おう、アレだな。食おうぜっ」
高階に誘われ、改札口前にある売店に入った。
「なぁ、土岐と一色もシャーベット食う?」
「いや、俺はいい」
「俺も遠慮しとく」
『いらない』って返ってくるのはわかってたけど、一応振り向いて聞いてみたら、案の定そうだった。シャーベット、めちゃ旨いのに、もったいねーな。
「うはっ、冷てぇ! けど、旨いっ」
高階と俺。売店から出てきたふたりの手には、コーンに乗った柚子味のシャーベットが。とこめかみにキーンっと響く冷たさに顔をしかめながらも、さっぱりとした甘さにテンションが上がる。
このシャーベットは駅の売店限定で毎年夏に売ってる、俺と高階のお気に入りだ。この地域の有名な特産品が柚子で、生産組合が作った『柚子の歌』が常に売店から流れてきてるんだ。
「ふんふーん、ふふん、ふんっ」
「上機嫌だな。そんなに旨いか? ひと口くれよ」
『柚子の歌』のメロディーに合わせて機嫌よく鼻歌を歌い、バス停まで歩き出した俺に並んだ土岐が、不意に肩を組んできた。
「うん、いいよ。ほら」
けど、『ほら』と差し出したシャーベットはスルーされ、土岐の手は俺の口元へ。そのまま、つうっと上下の唇をなぞった指が土岐の口元に戻っていって――。
――ペロリ
朱い舌が、俺の目の前でうごめいた。
「ん、甘くて旨い。サンキュ」
「……っ、おまっ! ここ、駅前で! そんで歩道でぇ! しかも公衆の面前だよ! ちょっとは自重してっ!」
持ってたシャーベットを取り落としそうになりながら叫んだ。周りに人がいるのに、何ヤってんだよ。
「馬鹿基矢っ! ここ、駅前っ! あと歩道ぉ! しかも公衆の面前だろ! 少しは自重しろよっ!」
……ん?
俺たちの前を一色と歩いてる高階からも、なぜか俺と似たような叫び声が聞こえてき。不思議な偶然だなぁ。
✳︎
「よぉーっし、着替えオッケー! 行っくぞぉー!」
「おい、待て。いきなり飛び出すなと、何度言えばわかる? まずは準備運動だろうが」
「ぐぇっ!」
一色ん家の別荘に到着し、荷物を置いてササッと着替えてプライベートビーチへと飛び出しかけた俺の首に、土岐の腕が巻きついてきた。
「ぐっ、ぐるじっ」
筋トレで鍛えてるたくましい腕が、喉もとに食い込んで苦しい。
おまけに、土岐も水着に着替え済みだから、俺の背中に土岐の胸がぴたっと密着してんだよ。素肌同士の背中と胸が! そっちも違う意味で苦しい!
「準備運動、ちゃんとするか?」
「する! ちゃんとします。ごめんなさい」
素直に謝った。早く離れねぇとやばい。
土岐は純粋に俺のことを心配してくれてるのに、うっかり鼻血なんか垂らしちまったら引かれそうだし、高階たちにも変に思われちゃうもん。
「じゃあ、外で身体をほぐすか。行くぞ」
「うん」
良かった。無事、解放してもらえたよ。
ホッとひと息ついて、土岐と一緒に外に出た、その時。
「えっ、土岐っ?」
またまた違う意味で、心臓が跳ねた。
土岐が、ごくフツーに手を繋いできたから。しかも、ちゃっかり恋人繋ぎ!
「ん? これくらい別にいいだろ? 細かいこと、気にするな。――ほら、前を見てみろ。アイツらだって、俺らと似たようなことしてるぞ」
いやいやいや、良くない!
土岐ってば、フツーに、というか平然と恋人繋ぎで歩こうとしてるけど! 常識人の俺は、ちっさいことでも気にするぞ!
一色たちが手ぇ繋いでんのは、来る途中、睡眠不足だって言って電車ん中でずっと寝てた高階を一色が気遣って、引っ張って歩いてやってるだけじゃん。
「アイツらの手繋ぎと、これは違うよ。だって、あっちは仲良しの従兄弟で、俺らは恋っ……あっ、いや! えーと……」
やべぇ。うっかり、『恋人』って叫んじゃうとこだった。
男同士で『恋人宣言』なんてかましちまったら大変だよ。気づいて良かった、俺。
「武田?」
「ふえっ?」
「今の、もう一度、言ってみろ。『恋』の次は何だ?」
「……あっ」
やだ。それ、やめて。
恋人宣言を思いとどまってホッと胸を撫でおろしたのも束の間。繋いだ手を引っ張った相手によって、俺たちの身体がぴたーっとくっついた。
だけじゃなく、俺の耳にも土岐の唇がくっついて。はむって! はむって、されてるぅぅ!
「ん? ほら、言ってみろ」
「ふぁっ」
はわわっ。その声やめて。甘いテノールを低めるの、エロいから、やめて!
「武田? 言ってくれないのか? 俺だけに聞こえるように言えばいいだけだぞ。俺たちは、何だ? 聞かせて?」
「あ……」
きゅうっと、胸の奥を掴み上げられたような気がした。
普段、俺に対してはわりと命令口調が多い土岐だけど、こんな風に甘く、ねだるようにされたら、馬鹿な俺は簡単に応えたくなってしまう。
横を向き、俺の耳に唇を寄せてる相手の顔を見た。
唇は離れ、目線が合う。無言で俺を見つめる深い黒瞳に自分が映っているのを確認してから、今度は俺が相手の耳に唇を寄せる。
「えっと……恋人、です」
土岐だけに聞こえるようにって意識が強すぎたせいか、気づけば、その耳にキスしながら伝えていた。
ほわぁ、なんかめっちゃイイ匂いするぅ。って、うっとりしながら。
「ん。よく言えました」
そしたら、俺の『うっとり』が三倍増しになりそうな蕩ける艶声で褒められ、頭が撫でられて。軽いリップ音を立てて、頬にキスされた。
『ここ、ビーチ!』ってまた叫びそうになったけど、目を細めて俺を見る表情があまりにも優しくて艶やかだから、真っ赤になった顔を黙って伏せるのみだ。
やべぇ。めちゃ、やべぇ。
土岐の表情、やばすぎ。俺、下腹の奥のほうに、ガツンってきちまったよ。
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