21 / 87
キミの熱に、焦がされる。
#3
しおりを挟む「――少しは、慣れたか?」
密やかな声が、吐息に混じって唇を震わせる。
『味わいたい』という言葉通り、俺の唇にずっと重なっていた唇は離れることなく、この問いかけの合間も小さな音を立てながら啄まれている。
えーっと、『慣れたか』って、キスのことを言ってるのかな?
「あ、うん。ちょっとだけ、だけど」
「そうか。ちょっとだけ、か。男にされて嫌じゃないか?」
唇を触れ合わせたまま正直に答えると、目を細めた相手がまた問いかけてくる。気遣うような声色で。
触れてくれる唇が、優しい。ふわりと包み込むように挟んでは、わずかに音を立てて啄まれ、しっとりと押しつけられる。それが、ずっと続いてる。
熱い吐息は乗せられるけど、でもそれだけなんだ。宣言した通り舌を入れてこないのは、さっき俺がびっくりして突き飛ばしたせいなんじゃないかって思うんだけど。この推察、間違ってないよな?
そんな土岐だから。大好きなコイツだから――。
「全然! 全然だよ。嫌なわけない。緊張するけど嬉しいっつうか、その……あっ、そうだ!」
しまった。俺ってば肝心なこと、ちゃんと伝えてねぇじゃん。言わなきゃ。ちゃんと言わなきゃ!
「あの! あのさ! 俺もっ……俺も好きっ! 大好きだよ?」
言えた! 土岐に『好き』って言える日がくるなんて、夢みたいだ。夢の中でもこんなこと言えねぇって、ずっと諦めてたんだよ。だから、最高に嬉し……。
「それは、どの程度の『好き』なんだ?」
「え……」
告白の達成感に思いっきり浸ってたところに、土岐の硬い声色が飛んできた。
「この際、はっきりさせておきたい。お前、気軽に『好き好き』って言って回ってる相手があちこちに居るだろう? それと今の『俺への好き』に、違いはあるのか? それを聞かせろよ」
「……へ?」
眼前に、眉間にしわを寄せた顔がアップで迫ってくる。
あれ? 『好き』って伝えたら終わり、じゃねぇの? 何、この甘さの欠片もない鋭い視線。怖ぇよ。
ついさっきまでめっちゃ甘く微笑んでたぶん、落差がありすぎて、おっそろしく怖いんだってば!
「おい、なぜ黙ってる? アッチの先輩やコッチの先輩に、毎日『好きです』と告白してるじゃないか。お前」
んー? 『アッチの先輩やコッチの先輩』っていうと、宮城先輩と宮さまのこと、かな? 『先輩』って、わざわざつけてるんだから、そうに違いない。でも、あのふたりはさ……。
「足繁く教室に出向いてまで『好きです』って告白してるじゃないか。俺には言わないくせに……たまにしか……」
「へっ?」
「それなのに、俺を見て顔を赤らめたり、陰からじっと見つめてきたり……その後あからさまに避けてるかと思えば、寝言で俺の名前を呼んでたり。俺は、そんなお前にずっと振り回されてきたんだぞ」
「え? 寝言って……え? 振りまわ……誰が?」
何? 土岐は、何の話をしてんだ?
「ただの幼なじみだったくせに、いつの間にか人の心にグイグイ食い込んできといて。なのに、思わせぶりにしてる割には、他のヤツへの好意を俺の前で隠さない。その度に俺がどんな気持ちだったか、わかるか?」
「土岐……」
「もう無理だ。抑えきれないと思って行動を起こしてみれば、あの人たちにいつも言ってるのと同じ口調で『好き』って言われて。それで満足できるわけないだろ? ふざけるな!」
最後のひと言とともに、背後の窓に押しつけられた。
閉まっていたそれが、ガタンと音を立てて揺れ、俺の肩を掴んだ土岐の瞳も、その怒りをあらわすかのように大きく揺れている。
俺の知ってる土岐とは思えない、気持ちごとぶつけるような荒々しさをまともに受けて、心が震える。
「好き」
真っ直ぐ目を見て、言った。
同じじゃない。だって、あの人たちへの『好き』は、ただの憧れと尊敬だ。土岐への長年の想いとは全然違う。重さも濃さも、全然違う。
だから、これでわかって?
俺の、ずっと抱えてきた『恋心』を。
「本当に、ずっと好きだった。俺が、こんな風に『好き』って言いたいのは、土岐だけだよ」
こんな風に、自分からキスしながら告白したいのは、お前だけなんだ。
えっと……唇の合わせ方って、こうでいいんだっけ?
また、『同じ好き』って言われないように、俺の本気を示すべく自分からキスしてみてるけど、どうやるのが正解なのかイマイチわかってないから不安だ。
あれ? 顔ってどれくらい傾けるん? これくらい、か?
「……俺が、好きか?」
唇を合わせながら、ぐぎぐぎと顔の角度の調整にいそしんでたら、それまで微動だにせず俺のキスを受け入れていてくれた土岐が尋ねてきた。
唇をほとんど動かさず、呟くように。
その瞳には、さっきまでの怒りの名残は見当たらない。おぉ、ここは失敗するわけにはいかないぞ。俺の本気をわかってもらわなくちゃ!
「うん! うん、好きっ。大好き!」
「誰よりも?」
「もっ、もちろん! 幼稚舎の時から、お前だけをずっと好きだったし! あっ、えっと……憧れてる人や尊敬してる人とは全然違う、“特別枠”で! だよ?」
「ふっ……なら、“俺と同じ”だな」
ふっと口元をほころばせた土岐によってサラリと前髪が梳き流され、そのまま後頭部でその手が止まった。
「武田?」
少し下から俺を見据える土岐の瞳が、深い黒色を宿して艶めいている。
「どうしてほしい? ねだってみろ」
「え? ねだってって……え? 何を?」
「俺も、お前と同じやり方で伝えたい。だから、ねだってみせろ」
ん? 『俺と同じやり方』? つうことは……もしかしなくても、キスをねだれってことか?
えー、でもさ。別に俺からねだらなくても、さっきから普通にキスされてるよ?
「お前に求められたいんだ。だから、俺を欲しがってみせろよ。な?」
「……っ」
耳元に届いてきた、切望の声。
少しかすれたテノールが放つ“色”に、心がまるごと、ビリッと痺れた。
0
お気に入りに追加
161
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!

消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる