花霞に降る、キミの唇。

冴月希衣@商業BL販売中

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キミの熱に、焦がされる。

#3

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「――少しは、慣れたか?」

 密やかな声が、吐息に混じって唇を震わせる。

 『味わいたい』という言葉通り、俺の唇にずっと重なっていた唇は離れることなく、この問いかけの合間も小さな音を立てながら啄まれている。

 えーっと、『慣れたか』って、キスのことを言ってるのかな?

「あ、うん。ちょっとだけ、だけど」

「そうか。ちょっとだけ、か。男にされて嫌じゃないか?」

 唇を触れ合わせたまま正直に答えると、目を細めた相手がまた問いかけてくる。気遣うような声色で。

 触れてくれる唇が、優しい。ふわりと包み込むように挟んでは、わずかに音を立てて啄まれ、しっとりと押しつけられる。それが、ずっと続いてる。

 熱い吐息は乗せられるけど、でもそれだけなんだ。宣言した通り舌を入れてこないのは、さっき俺がびっくりして突き飛ばしたせいなんじゃないかって思うんだけど。この推察、間違ってないよな?

 そんな土岐だから。大好きなコイツだから――。

「全然! 全然だよ。嫌なわけない。緊張するけど嬉しいっつうか、その……あっ、そうだ!」

 しまった。俺ってば肝心なこと、ちゃんと伝えてねぇじゃん。言わなきゃ。ちゃんと言わなきゃ!

「あの! あのさ! 俺もっ……俺も好きっ! 大好きだよ?」

 言えた! 土岐に『好き』って言える日がくるなんて、夢みたいだ。夢の中でもこんなこと言えねぇって、ずっと諦めてたんだよ。だから、最高に嬉し……。

「それは、どの程度の『好き』なんだ?」

「え……」

 告白の達成感に思いっきり浸ってたところに、土岐の硬い声色が飛んできた。

「この際、はっきりさせておきたい。お前、気軽に『好き好き』って言って回ってる相手があちこちに居るだろう? それと今の『俺への好き』に、違いはあるのか? それを聞かせろよ」

「……へ?」

 眼前に、眉間にしわを寄せた顔がアップで迫ってくる。

 あれ? 『好き』って伝えたら終わり、じゃねぇの? 何、この甘さの欠片もない鋭い視線。怖ぇよ。

 ついさっきまでめっちゃ甘く微笑んでたぶん、落差がありすぎて、おっそろしく怖いんだってば!

「おい、なぜ黙ってる? アッチの先輩やコッチの先輩に、毎日『好きです』と告白してるじゃないか。お前」

 んー? 『アッチの先輩やコッチの先輩』っていうと、宮城先輩と宮さまのこと、かな? 『先輩』って、わざわざつけてるんだから、そうに違いない。でも、あのふたりはさ……。

「足繁く教室に出向いてまで『好きです』って告白してるじゃないか。俺には言わないくせに……たまにしか……」

「へっ?」

「それなのに、俺を見て顔を赤らめたり、陰からじっと見つめてきたり……その後あからさまに避けてるかと思えば、寝言で俺の名前を呼んでたり。俺は、そんなお前にずっと振り回されてきたんだぞ」

「え? 寝言って……え? 振りまわ……誰が?」

 何? 土岐は、何の話をしてんだ?

「ただの幼なじみだったくせに、いつの間にか人の心にグイグイ食い込んできといて。なのに、思わせぶりにしてる割には、他のヤツへの好意を俺の前で隠さない。その度に俺がどんな気持ちだったか、わかるか?」

「土岐……」

「もう無理だ。抑えきれないと思って行動を起こしてみれば、あの人たちにいつも言ってるのと同じ口調で『好き』って言われて。それで満足できるわけないだろ? ふざけるな!」

 最後のひと言とともに、背後の窓に押しつけられた。

 閉まっていたそれが、ガタンと音を立てて揺れ、俺の肩を掴んだ土岐の瞳も、その怒りをあらわすかのように大きく揺れている。

 俺の知ってる土岐とは思えない、気持ちごとぶつけるような荒々しさをまともに受けて、心が震える。

「好き」

 真っ直ぐ目を見て、言った。

 同じじゃない。だって、あの人たちへの『好き』は、ただの憧れと尊敬だ。土岐への長年の想いとは全然違う。重さも濃さも、全然違う。

 だから、これでわかって?

 俺の、ずっと抱えてきた『恋心』を。

「本当に、ずっと好きだった。俺が、こんな風に『好き』って言いたいのは、土岐だけだよ」

 こんな風に、自分からキスしながら告白したいのは、お前だけなんだ。

 えっと……唇の合わせ方って、こうでいいんだっけ?

 また、『同じ好き』って言われないように、俺の本気を示すべく自分からキスしてみてるけど、どうやるのが正解なのかイマイチわかってないから不安だ。

 あれ? 顔ってどれくらい傾けるん? これくらい、か?

「……俺が、好きか?」

 唇を合わせながら、ぐぎぐぎと顔の角度の調整にいそしんでたら、それまで微動だにせず俺のキスを受け入れていてくれた土岐が尋ねてきた。

 唇をほとんど動かさず、呟くように。

 その瞳には、さっきまでの怒りの名残は見当たらない。おぉ、ここは失敗するわけにはいかないぞ。俺の本気をわかってもらわなくちゃ!

「うん! うん、好きっ。大好き!」

「誰よりも?」

「もっ、もちろん! 幼稚舎の時から、お前だけをずっと好きだったし! あっ、えっと……憧れてる人や尊敬してる人とは全然違う、“特別枠”で! だよ?」

「ふっ……なら、“俺と同じ”だな」

 ふっと口元をほころばせた土岐によってサラリと前髪が梳き流され、そのまま後頭部でその手が止まった。

「武田?」

 少し下から俺を見据える土岐の瞳が、深い黒色を宿して艶めいている。

「どうしてほしい? ねだってみろ」

「え? ねだってって……え? 何を?」

「俺も、お前と同じやり方で伝えたい。だから、ねだってみせろ」

 ん? 『俺と同じやり方』? つうことは……もしかしなくても、キスをねだれってことか?

 えー、でもさ。別に俺からねだらなくても、さっきから普通にキスされてるよ?

「お前に求められたいんだ。だから、俺を欲しがってみせろよ。な?」

「……っ」

 耳元に届いてきた、切望の声。

 少しかすれたテノールが放つ“色”に、心がまるごと、ビリッと痺れた。


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