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キミの熱に、焦がされる。

#1

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 昏い黒瞳が、俺を真っ直ぐに射抜いてくる。絡め取るように。

 えーと、今、なんて言われたんだっけ?


『ただ黙って、一度、頷くだけでいい』


 頷く? そんなの、簡単だ。『うん』って首を縦に振ればいいんだろ? でも、なんで?


『俺に褒美、くれるだろ?』


 褒美? 褒美って、あれだよな。飲み物のこと……ん? 違った?

 あれ? 何だったっけ。そういえば、具体的なことは聞いてなかったかもしんない。

 土岐が望む、褒美。俺の好きなヤツが、欲しがってる物。

 うん、いいよ。なんか、この体勢の理由とか、色々とわかんないことはあるけどさ。お前が『欲しい』と思ってる物があるなら……何でも、あげる。

 結論は出た。だから、こくんっと頷いていた。土岐の目を見ながら。

「ん、いい子だ」

 その途端、絡め捕られたまま外せない視線の先で黒瞳が妖しく煌めき、細められた。

 俺の上唇をなぞっていた親指が下に滑り、曲げた人差し指とともに今度は顎に添えられる。

 ん? なんか……近い、よ?

 土岐の顔がさ、近づいてきてんだよ。

 うわわわっ、マジ近いって! なっ、なんなんだよ。どうなってんのっ?

 混乱したまま、ぎゅっと目を瞑った。

「……おい。この手、離せ」

 え?

「わっ、うわわわっ! ごめんっ!」

 土岐の声に、ぎゅっと固く瞑っていた目を開け、その途端に見えた俺の手の位置にびっくり。謝りながら、慌ててその手を引っ込める――――土岐の顎から。

 俺、あまりにテンパりすぎたせいか、無意識に土岐の顎を掴んでグイッと上に持ち上げてたみたいだ。

「ほんと、ごめんっ!」

 俺っ、何してんだ?

 てかさ。てかてか! かすった。かすったんだよ!

 唇! 土岐の唇が、俺の唇に!

 こう、ふわっと乗ってきて! そんで俺、わけわかんなくなってっ、気づいたら今の状態だったんだと思う。

「ほんと、ごめん。でで、でも今っ……く、口っ……唇がっ」

「お前、さっき頷いたろ? なのに、なぜ逃げる?」

「へっ?」

「俺への褒美をくれるんじゃなかったのか?」

 わわっ、近っ! ま、またまた土岐の顔が近いっ!

「え、あの……と、土岐っ?」

「頷いたなら、逃げるな」

 再びの超接近に、土岐の肩を押し返そうとしてた俺の両手が掴まれた。そのまま下にぐっと引かれ、身体が密着する。

 土岐の眼鏡のフレームが、頬に軽く触れた。

「逃げずに、俺のものでいろよ――――慎吾」

「……っ」

 俺の名が、呼ばれた。

 触れ合わせた唇の上で。



『俺のものでいろよ――――慎吾』


 名前、呼ばれた。土岐が、俺のことを下の名前で。武田じゃなくて、『慎吾』って。

 んで、んで! そんでさっ! これ! この唇の感触!

 キキキキ、キス! じゃねっ?

 これ! キスじゃねっ?

 だってさ。だって、ぴったりと唇が合わさってるんだ。

 んで、そうかと思ったら今度は、柔らかな弾力が軽く啄むみたいに、唇の上で動いてくんだよ。

 そんで、唇の温度を俺に教え込むように、きゅって押しつけてきたり。

 これ、絶対にキス、だと思う。

 ならさ、ならさっ。てことはさ! 土岐ってば、俺のこと好き、なん?

 ……かな?

 んん? 何、今の短絡的思考。

 いや、ないだろう。それは、ない。それだけは! ないぃっ!

 自信持って言い切れるぜ。

 ふはははっ。胸だって、張ってやる。

 めっちゃ、虚しいけどな……!

「武田?」

 あー、ほら、その証拠に唇が離れた。キスの後とはとても思えない、普段通りの無表情で。

 おまけに、呼び方が『武田』に戻ったよ。やっぱりな。

 何が『やっぱり』なのか、今ひとつ自分でもわかってねぇけど。

 それに、土岐の『褒美』発言も、『俺のもの』の意味も、わかんねぇ。

 このキスの理由も、からかわれてんのかとか、そんなの、何もかもが全っ然、わっかんねぇけどさ。

 この夢のような甘い感触と時間が、そろそろ終わりを迎えるってことだけは、はっきりとわかってん……。

「口、開けろ」

 ……へ?

「もっと、力抜けよ」

「……っ……ぅぁ、ぁっ……」

 かろうじて、叫び声だけは飲み込んだ。

 けど、両手を伸ばして、土岐のことを突き飛ばしてた。

 二、三歩、後ろに下がった土岐が驚いた顔で俺を見てくるけど、『ごめん』って謝る余裕なんてない。全然、ないっ。

 突き飛ばした手をのろのろと口元にもってきて、黙って見返すのが、精いっぱいだ。

 だって! だってさ! また、唇が合わさったんだ。なぜか!

 そんで、閉じてた俺の唇をノックするみたいに、あったかくて濡れたモノが唇に乗ってきたんだよ。

 そのまま、スルッて! スルッてさ! びっくりして開けた口ん中に、それがちょっとだけ入ってきたんだってば!

 あれ、舌じゃね? 舌だよなっ?

 でも、なんで? なんで、土岐が舌、入れてくんの?

 まさかだけど、俺をからかうために、ここまでする?

 わけ、わかんねぇーっ!


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