花霞に降る、キミの唇。

冴月希衣@商業BL販売中

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キミの背中に、手を伸ばす。

#3

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 はっ! 再び放心してた! 駄目じゃん、俺!

「取りあえず、絞ってみるか。けど、シーツの生地だからなぁ。シワがつくのは避けたいけど……」

 皆から離れてベランダに出た。このことを気にしてる兼子から見えない位置で絞ろうと思って。

「あっ、そういえば土岐っ……って、居ねぇし……当たり前か。アイツだって忙しいんだ。クーラーボックス持ってきてくれただけで充分じゃんか」

 土岐のことを思い出して慌ててその姿を探すも、もうどこにもその姿はなく、さっきまで俺と居たはずのそこにはクーラーボックスとドリンク類の箱が置いてあるだけ。

 黙って去っていかれたことを寂しく思ったけど、バスケ部の当番があるのに手助けしてくれた。それを喜ばなくちゃ、だ。例え、その行動が白藤ちゃんのためだったとしても。

「武田くん、兼子くんから話を聞いたよ。あぁ、それが濡れちゃったんだね」

「秋田!」

 帰ってきてくれたんか?

「あぁ、かなり濡れたねぇ。運動部の乾燥機を使わせてもらってアイロンをかければ何とかなるけど、時間が足りないな。どっちかだけにしようか」

「なら、乾燥機よりアイロンのほうがいいんじゃね?」

「あの、割り込んでごめんなさい。私、濡れてても大丈夫よ? そのまま着るから、衣装、頂戴?」

「白藤ちゃん? や! それは駄目だって!」

 突然現れた白藤ちゃんが、俺の手から着物を奪おうとするもんだから、慌てて着物を引っ込めた。こんなの、女の子に着せられるわけねーもん!

 つか、白藤ちゃんにそんなことさせたって土岐にバレたら、俺、ぜってーボコられちゃう!

「武田くん、こんなことで時間とるの、もったいないよ。私なら大丈夫だから、それ渡して?」

「駄目だよ。濡れたままでいいわけないよ。それに、白藤ちゃんがよくても、他の幽霊役の子たちは嫌だろ?」

「……っ、それは……」

 よし、言葉に詰まってくれた。このまま押すぞ。

 意外にも強情そうな白藤ちゃんに何とか思いとどまってもらおうと他のメンバーのことを口にし、俺から着物を奪おうとするその手を取った。

「俺らが何とかするからさ、ちょっと待っててくんね?」

「そんな手間をかけることないよ。幽霊役の皆は私が説得するから、濡れたまんまで大丈夫!」

「いやいや、こんなの着て、もし風邪でもひいたら大変だしさ」

「でもでも! 私ね、濡れたままのほうがリアリティあって、いいと思うのよ。幽霊なんだもん! ねぇっ、チカちゃんもそう思わない?」

「なるほど、それも一理あるね」

「ちょ、秋田っ?」

 俺が取った手を反対にくるんと持ち替え、ぎゅっと掴みながら熱く反論を繰り出してきた白藤ちゃんの呼びかけに秋田が頷いちまった。

「駄目だろ。女子の皆さんにそんなこと……痛っ!」

 その時、頭の上で固い物がパコンっと音を立てた。

「こんなところで、ちんたら揉めてる場合か。馬鹿」

「土岐っ?」

「揉めてるだけで、何か解決するのか? こんな時こそ即断即決。尚且つ、即行動だろうが。お前のその頭は飾りか? なら、俺がこのペットボトルと交換してやろう。軽さは一緒だろうからな」

 振り向けば、空のペットボトルを手にした土岐が、手厳しい叱責をぶつけてきた。

 あわわ……この無表情、めちゃ怖ぇ。

 怒ってる。土岐のこの表情、ぜってー怒ってるよな。けど、なんで?

 あと、なんで俺らが困ってることも知ってんだろ。

 突然の土岐の登場の驚きとよくわかんない恐怖で、白藤ちゃんと固く繋いでた手が、ぽろんっと解けた。

 そして、土岐の顔をまた見られて嬉しい俺の声は、自然と弾んでしまう。

「土岐っ。なんで、また居んの? バスケ部の当番は……」

「秋田。幽霊役は白藤さんを入れて三人と兼子に聞いたが、合ってるか?」

「うん、そうだよー」

「それで、白藤さんがさっき提案してた『濡れたままのほうがリアリティある』に、お前が即、納得した理由と意図は?」

「たぶん、土岐くんが気づいてる通りだよ」

「わかった――――白藤さん。悪いけど、ここは引いてくれる? それから、今回は別の役割をお願いするから、その内容を今から秋田と一緒に他のメンバーにも伝えてほしい」

「えっ、他のって……え? でも私の担当は幽霊役で……」

「はい、涼香ちゃん、行くよー。チカについてきてー」

「チカちゃん? えっ、ついて行くの? えぇっ?」

「ほーら、チャキチャキ行くよー。じゃあ土岐くんと武田くん、後でねぇ」

 ……え? どうなってんの? わけ、わかんねーっ。

「おい、秋田、待ってくれよ」

 白藤ちゃんの手を引いて立ち去る秋田の背中を慌てて追いかけた。

「俺は? おい、待っ……うにゅっ?」

「お前は、こっちだ」

「土岐? えっ、『こっち』って、どっち? てか、痛い! ほっぺた痛いんだけどっ?」

 何、この展開。

 土岐と秋田だけで、わけわかんねぇ会話してさ。そんで、俺は無視されて置いてきぼりかと思ったら、土岐にほっぺた摘まれて、どっかに移動中。何これ、どういうこと?

 急展開すぎて、ついてけねぇ!


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