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キミの背中に、手を伸ばす。

#2

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「武田くん。はい、これ持ってって。特大サイズだから、これでバッチリなはずだよ」

「うおぉ、特大サイズ! ありがとう、秋田。お前が料理部で本当に良かったぜ。サンキューな!」

 マジ、助かったぁ。なけなしのプライドをあっさり捨てて泣きついた俺に、『クーラーボックス? あるよー、予備』って天使の笑顔が降ってきた、あの瞬間の感動! 俺、ぜってー忘れねぇ。

「チカも、料理部の準備が終わったらすぐに教室に戻るからね。ひとりで仕切るのは大変だろうけど、頑張ってっ」

「おう、頑張る! サンキューな!」

 いったん駆け出したけど、励ましの声が届いたから振り向いて御礼を言った。それから、再び猛ダッシュ。

 準備中の生徒が行き交う中を特大サイズのクーラーボックスを抱えて走るのは大変だけど、皆がこれを待ってるんだ。急げ、俺!

「おぉーい、お待たせっ! クーラーボックス調達してきたよーん!」

「あっ、武田くん! 今まで何してたの? もう!」
「武田ー! やっと戻ってきたか。この馬鹿やろうが」

 クーラーボックスを頭上に掲げながら教室に入った途端、皆から声がかかった。けど、何か変だ。あれ? 皆、怒ってる?

「あ、えーっと俺、クーラーボックスを……」

「――武田」

「えっ、土岐っ? なっ、なんでここに居んのっ?」

「ちょっと、こっち来い」

 え? 何、何? どうなってんの?

 中庭で会えなかった土岐が、どうして俺らの教室に居るんだろ。そんで、なんで俺の腕、引っ張ってんの?

 やべぇ。いきなりの土岐の登場と接触で、俺の顔、めっちゃ赤くなってるよー。大赤面だよ、やべーって!

「お前、これを取りに行ってたのか」

「あ、うん」

 土岐が立ち止まったと同時に、あっさり手が離れた。連れていかれたのは、ベランダ。

 俺らのクラス、2組と土岐の1組を繋ぐここは、ちょうどその真ん中が広く造られていて、こんな時の荷物の置き場所として最適なスペースになっている。

 そこで、俺が持ってるクーラーボックスを見て、土岐が眉間のしわを深めた。

「見ろ。クーラーボックスなら、もう調達済みだぞ」

「えっ? あっ、ほんと! クーラーボックスだ! なんで、あんのっ?」

「俺が持ってきた。バスケ部の備品だ」

「あ、ありがと。助かった。あの、ほんとは俺もこれを借りにお前んとこ……」

「お前、『責任』って言葉の意味、ちゃんとわかってるのか?」

「え……」

 土岐が指差した場所に、俺が持ってるのと同じ大きさのクーラーボックスが既に置かれてるのに、びっくり。それを持ってきてくれたのが土岐だったことに、さらにびっくり。

 けど、助けてくれたことに笑って御礼を言った俺に返ってきたのは、厳しい視線だった。

「実行委員がこんなに長く場を離れていて、どうする。皆、細かい相談をしたくても出来なくて困ってたぞ」

「そ、そっか。俺、皆に黙って飛び出したから……」

「それに、だ。白藤さんが、中庭で泣きそうな顔してうろうろしてた。自分が代わりに行くつもりでお前を追いかけたけど、見失ったって。俺がちょうど、不要になったクーラーボックスを部室に運んでる途中だったから、それを貸したんだ」

「白藤ちゃんが俺を……白藤ちゃんにも迷惑かけちゃったんだ……そっか」

 そっか。わかった。さっき感じたこと、逆だ。

 土岐が眉間にしわを刻んでる理由は、俺が持ってるクーラーボックスにじゃない。“クーラーボックスを探しに行った俺”だ。

 土岐は、白藤ちゃんを泣かせた俺に、怒ってるんだ。

「あー、駄目だな、俺。実行委員だから、俺がやんなきゃって思っちゃって……。けど、結局それで皆に迷惑かけちゃったんだな」

「お前が、自ら動く必要はないだろ? そういうのは誰かに任せて、ここを仕切りながらそれを待つのがお前の役目だろうが」

「……はい。ごもっとも、です。すんませ……」

 俯くな。顔、上げてろ。土岐の言葉も視線も厳しいけど、これは俺が悪いんだから。

 それに、土岐は他人に厳しいけど、自分にはもっと厳しいヤツなんだ。だから、これは正論で……。


――ガタッ、ガタンッ!
ガシャーンッ!

「うわっ!」
「きゃあっ!」

 えっ? 今の音は……!

「おい、どうしたっ? 何があった!」

 突然の大きな物音と悲鳴に慌てて教室に駆け戻ってみれば――。

「どうすんだよ、これ!」
「あぁ、最悪ー!」
「やだ、信じらんない!」

 水浸しの床の周りでクラスメートたちがパニック状態になっていた。

 その真ん中で青ざめた顔で立ち尽くしてる男子、兼子《かねこ》の足元には空のバケツがふたつ転がってて、小道具のミスト用の水を派手にぶちまけたんだと、ひと目で見てとれる。

「……どうしよ」

 ポロッと、弱音が漏れ出た。水浸しになった場所。そこには、衣装を入れた紙袋が置いてあったはずだから、だ。

 はっ! 駄目じゃん、俺。放心してちゃ駄目じゃん!

「落ち着いて、皆! まずは、ここを綺麗に拭こう。雑巾とモップ持ってきてー。大丈夫、大丈夫! だから皆、準備の続きを頼むよー」

 手分けして拭き掃除と準備の続きに取りかかってくれるよう皆に頼んで、青ざめてる兼子の傍に駆け寄った。

「あ、武田くん、どうしよう。僕……」

「あ? どうもしなくていいよ。大丈夫っつったろ?
ほら、お前も皆と一緒に拭き掃除してくれよ。これは、俺が何とかするからさ。なっ?」

 濡れた紙袋を手にオロオロと泣きそうにしてる兼子の肩をポンと軽く叩く。安心させるように明るく笑い、その手から紙袋を奪った。

「でも、それ、皆の衣装だよ? 僕、大変なことしちゃった」

「わぁーってるって! 大丈夫だから! ほれ、お前は掃除してこい」

 責任を感じて言い募る兼子の小柄な身体をその肩を掴んで押してやり、仕上げにニカッと笑ってやる。

「大丈夫、大丈夫。大丈夫だよーんっ……って……マジ、かぁ……」

 けど、皆に背中を向けて紙袋の中身を確認した俺の顔は、笑顔のまま引きつることになった。その中には幽霊役の着物が入っていて、絞っただけでは着られそうもないほど、ぐっしょりと濡れていたからだ。

 えーと、俺……この前から何回、こんなトラブルに合ってんだろ。

 男の厄年って、何歳だったっけ?


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