花霞に降る、キミの唇。

冴月希衣@商業BL販売中

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キミの背中に、手を伸ばす。

#1

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 ――学園祭当日。


「おーい、武田! 小道具の置き場所、指示してくれー!」

「おー、今行くー」

「武田くん。調理室の鍵、借りてきてくれた?」

「あっ、ここに持ってるわ。ほい、どうぞ」

 ふぇー。まだ開始前なのに、めちゃ忙しいわ。

 うちのクラスの出し物は、『お化け屋敷でスタンプラリー』だ。

 幽霊や妖怪たちの妨害をくぐり抜けて各所に設置したスタンプを集めてもらう企画。

 で、スタンプマスターには、ドリンクと手作りの焼き菓子をプレゼントする。スタンプ集めに失敗しても焼き菓子は参加者全員にプレゼントだから、我ながら良い企画だと思うんだなぁ。

 正直、やっと当日を迎えられた感、満載っ。

 なんせ、昨日までの準備段階でトラブル続きだったもんな。アレがない、コレが揃わない。おまけに当番の交代の件で揉めるヤツまで出る始末。マジで大変だったぜ。

 まぁ、そのおかげで気が紛れて助かったってのもあるけど。

 だってさ。俺、ずっと土岐に素っ気なくされてんだもん。さすがに、ちょい落ち込むから、これぐらい多忙でちょうどいいって感じ?

 理由は全然わかんねぇけど、最近、部活ではパス練のペアを断られっぱなしだし。昨日なんか、合同授業の体育で同じグループになんの、拒否られたし。

 ……ん? あれ?

 待てよ? よく考えたらさ。これって『素っ気ない』っつーよりさ。冷たいって言うほうが近いんじゃね? 距離を置かれてるって言うべきなんじゃね?

 え? まさか俺、土岐にウザがられ……てるワケない! ないない、絶対ない!

 そんなことないって、誰か断言してくれぇ……っ!

「武田くん、ちょっといい?」

「……あ? 白藤ちゃん? どしたん?」

 ショックと絶望を見ないフリして頭を抱えてしゃがみ込みかけたところに、白藤ちゃんが近づいてきた。珍しく神妙な表情だ。

「ちょっとトラブルっていうか……困ったことが起きちゃったの。どうしよう?」

「え? またトラブったん? 今度は何だ?」

 もう、多少のことじゃ驚かねぇぞ。

「あのね、ドリンクを冷やすためのクーラーボックスを担当が手分けして持ってくる手筈になってたでしょ?」

「うん、そうだったよな」

「それがね、揃ってないの。数が、全然足りないのよ」

「え、マジ?」

「うん。大きいのは誰かが持ってくるだろうからって、小さめのボックスしか持ってきてない子が何人か居て。それに、うっかり忘れちゃった子も居るの」

「忘れたぁ? マジか! それ、やべーじゃん」

「うん。これから家まで取りに戻るには時間がかかるし……武田くん、どうしよう?」

「だな。時間ねぇし、校内にある物でやりくりするしかないけど……あれ? 秋田は? あっ、そうか! 秋田、今は部活の応援行って、いねーのか。えーっと、じゃあ俺が代わりになりそうなモン、探してくる。待ってて!」

 相談しようと思った秋田の姿が見当たらない理由を思い出し、白藤ちゃんの返事も待たずに、教室を飛び出した。

 秋田に頼ってばかりじゃ、駄目だ。実行委員は俺なんだから、トラブルは俺が何とかしねぇと!

 けど、こういう時に助けてくれそうな相手なんて、ひとりしか思い浮かばねぇ。そこに向かって、猛ダッシュで急いだ。





「……っ、はっ……はぁっ……あれ、土岐は?」

 全速力で走ってやってきたのは、中庭に設置されたバスケ部のブース。

 俺らバスケ部の今年の出し物は焼きそばの屋台で、土岐が初日の当番だと知ってたから、予備のクーラーボックスがあれば助けてもらおうと思ってきたんだけど。

「おーい、一色《いっしき》! 土岐、いねーの?」

 土岐の姿が見えないから、一色に声をかける。コイツもバスケ部。そして土岐と同じクラスで、幼なじみメンバーのひとりだ。

「土岐? さっきまで居たんだけどな。アイツに何か用か? 帰ってきたら伝えとくけど」

「マジ? うーん、困ったな。じゃあ、お前に聞くわ。あのさ、クーラーボックス余ってねぇ? 俺らのクラスの分が足んなくて困ってんだよ」

「あー、あったかもしれない。ちょっと待ってろ。見てくる」

「おぉ! 頼むよ!」

 やった! ここに来て正解だぜ! 土岐には会えなかったけど、ラッキ……。

「悪い、武田。あると思ってたけど、勘違いだったみたいだ」

 え……ぬか喜び?

 やべぇ。俺、さっきから感情の起伏、めちゃ激しい。

「悪いな。空のクーラーボックスを確かに見たような気がしたんだけど、気のせいだったみたいだ」

「や、いいよ。謝んないでくれ」

 確かにがっかりしたけど、それは一色のせいじゃない。

「俺こそ悪かったな。んじゃ、屋台の当番、頑張ってくれな」

 ひどく申し訳なさそうにしてくれた一色に明るく声をかけて、ブースから離れた。

 早足で歩きながら、思わず出そうになった溜め息を慌てて飲み込む。

 駄目だ。溜め息なんか、つくな。こういうことも予想して、予備のクーラーボックスの準備をしとかなかった俺が悪いんだ。

 あー、けど、マジでどうしよう。自分の部活以外で頼れるところなんか、俺、ねぇぞ?

 えーと、他にクーラーボックスを使いそうなところで、貸してくれそうなヤツが居るとこって……どこだ? えーと、えーと……。

「――武田くん? どうしたの? こんなとこで何して……あっ、もしかして、何かトラブっ……」

「秋田ぁ! 助けてっ! あのさっ、クーラーボックス! クーラーボックスが足んねぇんだ。困ってんだよ! どうしようっ? 秋田ぁぁ!」

 中庭の渡り廊下でグルグルと悩んでたら、超ラッキーなことに秋田が通りかかってくれた。

 さながら飼い主を見つけた大型犬のように、小柄な身体に飛びつくようにして泣きついた。


『秋田に頼ってばかりじゃ、駄目だ。実行委員は俺なんだから、トラブルは俺が何とかしねぇと!』


 なぁんて、キリッと意気込んでた、ついさっきまでの俺よ……はい、サヨナラ。


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