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epilogue
携えるは、ただひとつの愛 【11】
しおりを挟む「失明なされて、何も見えないはずなのに。長剣を振るうレイドに対し、得物は短剣のみの圧倒的に不利な状況なのに……僕だったら怖くて逃げ出してたっ」
ひと言、ひと言、ゆっくりと。
「なのに兄上は、決して諦めず、ひるまず。まるで軍神がそこに降り立ったかのような凄まじい闘いぶりに、圧倒されました」
カルスが、心情を吐露していく。
「己の未熟さにつまらない言い訳をして目を瞑り、母上の言葉に流されていた自分のことが恥ずかしくなりました。死にたくなるほどに」
「いや、あの時のミネア様は本来の状態では……」
「いいえ、母上がどんな精神状態だったとしても関係ないんです。僕の心の有りようが、矮小だったんです。本当に情けなかった! 兄上は、怪我を負って尚、守る者のために命を懸けておられたのに」
そこにあるのは、悲痛な悔恨の響き。
「母上のことも、そうです。兄上に捨てられたと思い込んでいた僕は、母上の憎悪を止められなかった。僕こそが、母上を助けなければいけなかったのに……!」
カルスの自責の念が、夜のしじまを裂いていく。
「日を追うごとに、後から後から後悔ばかりが募っていきます。だから、僕は『良い王』になりたい。――――父上、母上、兄上。それから家臣や国民たち。皆に、楽しくて優しい気持ちで毎日を送ってもらえる、そんな王を目指したいんです」
微笑んでいる。
気配で、わかる。
激しい後悔に心で血を流し続けながらも、静かに微笑むカルスの表情が見える。
「カルス。それは、そう遠くない未来だ。私には、わかる。自らにとっての大切なものが何か、それがわかったお前になら、必ず叶えられる」
強くなった。
いや、元々、そういう強さを持っていたのだ。この子は。
第二王子の正装として、カルスが身につけていた若竹色の装束を思い出す。しなやかな強さを持つ植物の性質に、たくましくなった弟の姿が重なった。
青々として真っ直ぐに天を向き、しなやかに撓んで決して折れない。
強靱さと弾力、相反する極限を合わせ持った名君に、カルスはきっとなる。
「ありがとう、カルス」
『お前ひとりに重責を担わせて済まない』という謝罪の言葉は、飲み込んだ。
今夜、この決意を告げるために私を訪ねてくれたカルスに伝える必要はない。
自分が守るべき全てのものの未来を担い、その先を見据えているだろうカルスには、ただ、これだけを告げればよい。
「カルス。お前の思い描く未来を、その治世で我らに見せてくれ。私は、お前が導くこの国の安寧のために、ここで祈りを捧げ続けよう。――――ありがとう」
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