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epilogue

携えるは、ただひとつの愛 【7】

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 小柄なルリーシェは、私がこうすると、すっぽりと私の腕の中におさまってしまう。

「いえ、怖くはない、です。この体勢に、慣れないだけ、です」

「そう? もう慣れてくれたと思っていたけれど。では、“これ”は?」

 囲った腕の中で俯いている相手に、そっと頬ずりをする。

 春先に凛と清廉に咲き誇る木蓮の花弁のような、しっとりと弾力のある質感がそこにあった。

 そろりと頬を擦り合わせ、すべらかなその感触を肌で感じてみれば、我慢などできない。

 口づけをひとつ、そっと頬に落とす。

「シュ、ギル……さ、ま」

 あえかな声で、私の名が呼ばれる。たどたどしく。

「私の名は、そんなに呼びにくい?」

 これは、このひと月、何度も繰り返している問いかけ。

「いえ。決して、そのようなことは……あの、慣れないだけ、です」

 その度に、言いにくそうに同じ答えが返ってくる。

「そうか。では、仕方な……」

「あのっ、ノルンは!」

「ん?」

 慣れないのなら仕方ないと引き下がりかけた時、ルリーシェが声を張り上げた。

「ノルンは、お、『王子様』って呼んでます……が、ノルンは、いいのです、か?」

 しかし、突如、声を張り上げたことを恥じたかのように、その声は徐々にしぼんでゆく。

 ノルン?

「ノルンと言うと、あれか?」

「は、はい。『黒の王子様』と呼んでいる、あれ、です」

「いや、良いとか悪いとか関係なく、あれは仕方ないのだ」

 そう。これこそ、“仕方ない”。

 直情径行な性格のせいか、それとも一度覚えたことは変えられない性質なのか。もう王族でも軍人でもない。神殿のげきとなったのだと、いくら説明しても、ノルンは私を『黒き闘竜』と最近まで呼び続けていた。

 それだけならまだしも、時折、『凍れるほむらを纏いし』とかいう、あの恥ずかしい名称まで、上につけて呼ぶ始末……。

 最初は面白がっていたロキもさすがに説教をし、ようやく改まった呼び名が『黒の王子』。私の黒髪がとても美しいから、だそうだ。

 初めて聞いた時は眩暈がしたものだが、凍れる何とかよりは何倍もましだと、自分に言い聞かせた。

 腹黒な王子と言われているようで、正直これも落ち着かないが、そこは諦める。

 凍れる何とかの闘竜、よりは、まし。

 あれに比べれば、どうぞどうぞ、それで頼むと受け入れたい呼称なのだ。


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