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見えぬものと、見えるもの 【13】
しおりを挟む「王子シュギル……いや、非情な者どもの血を引く子よ。我が姫の望みのため、我が剣のもとに倒れよ」
ゆらりと、殺気が渦巻いていく。
カルスの比ではない。神に仕える神官のものとは、到底思えない。
圧倒的な、武人としての存在感と殺意が、ひしひしと伝わってくる。
「ロキ、レイドの得物は何だ」
「長剣です。刃渡りは広め、刀身はブランダル将軍のご愛刀と同じほど。それを左手に携えています」
近づいてくる殺気に油断なく身構えつつ、最低限の情報を得るべく尋ねたロキからは、期待通りの的確な答え。レイドは左利きだったのか。
太刀筋もわからない相手だが、利き手と得物がわかっただけでも充分だ。
私が携えている短剣との間合を計り、動きを組み立てていける。
問題は、勘だけに頼らねばならないことと、落ちてしまった体力だが、私には誰よりも頼りになる側近がいる。
それに、満足な動きが出来ずとも、ミネア様やレイドの思い通りに殺されてやるわけにはいかぬ。
ルリーシェの未来は、私が守ってゆくのだ。
「ほう。盲目となって尚、衰えぬその覇気。見事としか言いようがない。だが、無敵を誇った『黒き闘竜』といえど、何も映さぬ目で、私と五分に渡り合えるとでも?」
「レイド。なぜ、神官になったのだ?」
向かい風が運んでくる抑揚のない声に、ひと言、問いかけた。これで通じるはず。
レイドこそ、神官とはとても思えない。
その身が放つ存在感が、私の神経にレイドの剣の腕前を教えてくる。
ミネア様の従兄妹で、先代の大臣の子。血筋からみても武人としての研鑽を積んだであろうレイドが、なぜ神殿に入ったのか。
そして、その神官と、なぜ私は剣を手に命のやり取りをせねばならないのか。今だからこそ、知りたかった。
「なぜ、と? それを、私に問うのか。王家の血を引くあなたが」
低い唸り声が、風に紛れる。
「奪われたからだ。大切な女性を。無くしたからだ。確かに手にしていた未来を」
単調な、けれど重々しい響きを含み、それは近づいてくる。
「あの、恥知らずで非道な王。あなたの父、ドラシュに。私は、愛し、守り育ててきた婚約者と、その人との未来。全てを一度に奪われた」
「……っ。レイド、それは、まさか……」
思わず口を挟んでしまったその時。レイドが草を踏みしめる足音が不意に止まった。
けれど、そこはまだ剣の間合いではない。
「王が隣国から迎えた王妃の話し相手。それを務めるために婚儀の日取りを引き伸ばし、我が婚約者が滞在することになった王宮で何が起こったか。王子シュギル、あなたは知っているはずだ」
――ヒュウッ
レイドが持つ長剣が、風を薙いだ。
「気位の高い王妃に飽きた王に陵辱され、強引に側妃として召し上げられた大臣家の姫は、誰だ? その婚約者が、私だ」
あぁ、そうか。
そうであったのか。レイドは、ミネア様の……。
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