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見えぬものと、見えるもの 【8】
しおりを挟む『カルス。その時が来たら、互いの鎧を交換し合うことにしないか?』
私から提案したのに。
翡翠玉を埋め込んだ鎧を身につけ、私と揃いになるよう作らせたのだと嬉しそうに笑っていた弟に。
鎧だけでなく、剣の腕前も、いつか私と並び立ってみせると意気込みを見せたこの子が眩しくて可愛らしくて、約束の言葉を交わした。
『えっ、ほんとですか? 僕、この青金石を埋め込んだ兄上の鎧が本当に憧れで……少しでも同じになりたくて、背伸びして揃いの意匠の鎧を作らせたんですよ。僕、頑張ります。本当に本当に頑張って、早く兄上に追いつきますね!』
明るい茶瞳をきらきらと輝かせ、『約束ですよ。必ず交換してくださいね』と念押したこの子に、笑って請け負ったのは私だったのに。
「……僕、兄上からの手紙、読みました。何度も読み返しました。でも、納得できません。突然居なくなって……手紙や鎧だけを残されて……。三日月刀だって、いただけません。あれを手に出陣なされる兄上のお姿にこそ、僕はずっと憧れていたのに!」
カルス……。
「それに、失明したから、もう王子じゃない? なんですか、それ。僕が今、どんな表情してるのかも見えてないんですか? じゃあ、いくら鍛練を積んでも、僕の姿を見てもらうことすら、できないじゃないですか」
「……」
「なぜ、そんなことになったんです? なぜっ? 僕にわかるように教えてください! 兄上っ!」
私の衣服を掴んだまま地面にくずおれ、最後に絶叫を放ったカルスの嗚咽が、切れ切れに風音と混じる。
ひゅう、と物悲しい音を立てて鼓膜を揺らす風は、カルスの慟哭を私の胸へと運び、きりきりとそこに突き立てた。
無心に慕ってくれていたこの子を、私はこんなにも傷つけてしまったのだ。
そして、今の私はそれを修復してやれる術を持たない。
「カルス。顔を上げてくれ」
嗚咽を漏らし、俯いているカルスの頬に触れるべく、地面に片膝をついた。
同じ高さにしゃがみ、触れた頬は、涙の冷たい感触を私の手のひらに伝えてくる。
ずきりと、胸が痛んだ。
柔らかな丸い曲線を描くここには、太陽のように明るい笑顔だけが常にあったのに。今、感じられるのは、それとは真逆の嘆きのみ。
「立ちなさい。風が強くなってきた。そこは私が賜った祭殿だ。続きは、中に入って話そう」
丸めた背を伸ばすように一度さすり、祭殿へと誘った。
温かい飲み物でも飲めば、カルスももう少し落ち着くだろう。
それに、ルリーシェだ。彼女もすっかり待たせてしまった。私たちのやり取りに、さぞ驚いたことだろう。
「ルリーシェ、待たせて済まない。さぁ、君もともに祭殿に」
「えっ? あっ、いいえ!
わ、私は、ご遠慮させていただきますっ」
ん?
カルスとともに立ち上がり、黙って待っていてくれたルリーシェに詫びて祭殿にと促したものの、即座に断りの言葉が返ってきた。
「どうした? 先ほどは、夕刻まで大丈夫だと言っていたろう?」
「あ、それはそうなのですが……。けれど、ご兄弟のお話の場に私がいては、お邪魔でございましょう?」
「いや、邪魔などではないぞ。カルスはそのようなことを気にする子では……」
「何だ、お前。黙れよ。僕と兄上の邪魔をするな」
「……っ、カルス?」
耳を疑った。
先ほど立ち上がらせたカルスが、私の手の中でその肩をいからせ、ルリーシェに向けて低い声を放ったからだ。
「なぜ、お前がここにいる? なぜ、ここで兄上とともに過ごしてるんだ。生贄のお前が」
「待て、カルス。何を言ってる?」
ルリーシェに怒りを向け、するりと私の手から抜け出したカルスを引きとめようと、手を伸ばした。
が、その手はあえなく、空を切ってしまう。
「なぜ、僕と兄上の邪魔をする? 生贄のくせに……下賤な身分のくせにっ」
カサカサッと、草を踏みしめる音が動いている。ルリーシェが後ずさりしているのだろうか。
その音とカルスの気配を追って、私も前に動いた。
「カルス、待て。お前は、何か勘違いを……」
「僕と兄上との未来を奪ったくせに! お前、絶対に許さないっ!」
「きゃっ!」
「ルリーシェっ!」
――ザッ!
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