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覚悟の重さ 【17】

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「さて、この姿は、われ現身うつしみをとる時の姿であるが、このことは次席の祭司長しか知らぬ」

 なるほど。つまり、他言無用だと言外におっしゃられておられるのだな。

 創造神が『ザライア』として存在することは、神殿ではひとりしか知らぬし、あとは父王と私だけが知る秘密なのだ、と。

「承知してございます。決して他言はいたしませぬ」

 伝説で伝え聞くところによれば、大地の女神様の本体は、巨大な竜。七色に輝く鱗を持つその姿は、その名の通りユーフラテスや山々を覆い尽くすほどの巨大さだとか。それに比べれば、あの多頭竜が小さな子どもに見えてしまうだろう。

 その本体をこの美女の身の内に封じているのだとはとても信じられないが。その額に煌めく第三の目は隠しようもなく、それゆえに普段は黒衣のフードを目深まぶかにかぶり、老人の声に変えておられるに違いない。

「尊き御姿をお見せくださったのは、私が聖水を望んだが故のことでございましょうから。努々ゆめゆめ、口のにすら上らせませぬ」

「ふむ。さとい者を相手にすると、話が早くて助かるな。では、次の話題に移るとするか――――シュギル、こちらを」

「……っ、それは……!」

 『こちら』と口にされ、上向けられた女神様の手のひらの上。そこに起きた現象に、思わず声があがった。

 ぽうっと真白き光が浮かび、次の刹那、その光の結晶が小さな瓶に変わったのだ。ごくりと、喉が鳴った。

「聖水、で、ございましょうか?」

 神の御業みわざを目の当たりにし、私らしくもなく喘ぐように尋ねれば。

「そうだ。そなた、これをほっしていたのであろう?」

 あっさりと、答えが得られた。

 ――聖水。これが、虹色の水と言われる、あの……。

 女神様の御業みわざにより、この場に出現した真白き小瓶。それを凝視し、知らず、肩に力が入っていく。この場でこれを見せてくださったということは、いま賜ることができるということ、だろうか。とすれば、私は、今日この場で……。

「だが、今、そなたに与えるわけにはいかぬ」

 え?

 今まさに、御下賜ごかしの可否についてお尋ねしようと口を開きかけたところに、否定の言葉が発せられた。

「ここに取り出してみせたのは、そなたの反応を見るためだ。だが、その必要はなかったようだな。一瞬でも恐怖や躊躇を見て取れば、即座に記憶を奪い、この話は無きものとなっていたが」

 婉然と微笑まれた女神様が、聖水の瓶を持っていた手を不意に広げられた。

 直後、床に落下すると思われた小瓶は、その途中で跡形もなく消滅する。

 それを驚愕しながら見届けた私の視界の中に、黒衣が翻る。女神様が、再びマントを身につけられたのだ。

「次の満月の前夜。日付が変わる時刻に、再び我のもとへ来るがよい」

 フードを目深まぶかに引き下ろしたその御姿からは、聞き慣れたしわがれ声。しかし、その正体を知った今は、その声に荘厳な重々しささえ感じてしまう。

「その時に、改めて手渡そう。それまでに、すべきことを為せ」

「……は。ありがたく存じます」

 こうべを垂れ、退室される足音をお見送りした。





『為《な》すべきことを為せ』


 女神様が、最後におっしゃられた御言葉。そこに込められた、神の恩情と厳しさを思う。

 次の満月までは、もう幾ばくも残されていない。それまでに、王太子として、また一個人として、思い残すことがないよう全てを為してこい、という意味だ。

 また、『満月の前夜』としてくださったのは、満月の夜には生贄の儀式が行われるからであろう。

 気まぐれな父上のことだ。いつ気を変えて、ルリーシェを生贄にと望むかもしれない。

 それに間に合わせようとしてくださったに違いない。

 私が聖水を飲み、げきとして神殿に入れば、全てが解決する。そう、全てが。

 全ては、満月の前夜に――。


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