43 / 87
6
覚悟の重さ 【17】
しおりを挟む「さて、この姿は、我が現身をとる時の姿であるが、このことは次席の祭司長しか知らぬ」
なるほど。つまり、他言無用だと言外におっしゃられておられるのだな。
創造神が『ザライア』として存在することは、神殿ではひとりしか知らぬし、あとは父王と私だけが知る秘密なのだ、と。
「承知してございます。決して他言はいたしませぬ」
伝説で伝え聞くところによれば、大地の女神様の本体は、巨大な竜。七色に輝く鱗を持つその姿は、その名の通りユーフラテスや山々を覆い尽くすほどの巨大さだとか。それに比べれば、あの多頭竜が小さな子どもに見えてしまうだろう。
その本体をこの美女の身の内に封じているのだとはとても信じられないが。その額に煌めく第三の目は隠しようもなく、それ故に普段は黒衣のフードを目深にかぶり、老人の声に変えておられるに違いない。
「尊き御姿をお見せくださったのは、私が聖水を望んだが故のことでございましょうから。努々、口の端にすら上らせませぬ」
「ふむ。賢い者を相手にすると、話が早くて助かるな。では、次の話題に移るとするか――――シュギル、こちらを」
「……っ、それは……!」
『こちら』と口にされ、上向けられた女神様の手のひらの上。そこに起きた現象に、思わず声があがった。
ぽうっと真白き光が浮かび、次の刹那、その光の結晶が小さな瓶に変わったのだ。ごくりと、喉が鳴った。
「聖水、で、ございましょうか?」
神の御業を目の当たりにし、私らしくもなく喘ぐように尋ねれば。
「そうだ。そなた、これを欲していたのであろう?」
あっさりと、答えが得られた。
――聖水。これが、虹色の水と言われる、あの……。
女神様の御業により、この場に出現した真白き小瓶。それを凝視し、知らず、肩に力が入っていく。この場でこれを見せてくださったということは、いま賜ることができるということ、だろうか。とすれば、私は、今日この場で……。
「だが、今、そなたに与えるわけにはいかぬ」
え?
今まさに、御下賜の可否についてお尋ねしようと口を開きかけたところに、否定の言葉が発せられた。
「ここに取り出してみせたのは、そなたの反応を見るためだ。だが、その必要はなかったようだな。一瞬でも恐怖や躊躇を見て取れば、即座に記憶を奪い、この話は無きものとなっていたが」
婉然と微笑まれた女神様が、聖水の瓶を持っていた手を不意に広げられた。
直後、床に落下すると思われた小瓶は、その途中で跡形もなく消滅する。
それを驚愕しながら見届けた私の視界の中に、黒衣が翻る。女神様が、再びマントを身につけられたのだ。
「次の満月の前夜。日付が変わる時刻に、再び我のもとへ来るがよい」
フードを目深に引き下ろしたその御姿からは、聞き慣れた嗄れ声。しかし、その正体を知った今は、その声に荘厳な重々しささえ感じてしまう。
「その時に、改めて手渡そう。それまでに、為すべきことを為せ」
「……は。ありがたく存じます」
頭を垂れ、退室される足音をお見送りした。
『為《な》すべきことを為せ』
女神様が、最後におっしゃられた御言葉。そこに込められた、神の恩情と厳しさを思う。
次の満月までは、もう幾ばくも残されていない。それまでに、王太子として、また一個人として、思い残すことがないよう全てを為してこい、という意味だ。
また、『満月の前夜』としてくださったのは、満月の夜には生贄の儀式が行われるからであろう。
気まぐれな父上のことだ。いつ気を変えて、ルリーシェを生贄にと望むかもしれない。
それに間に合わせようとしてくださったに違いない。
私が聖水を飲み、覡として神殿に入れば、全てが解決する。そう、全てが。
全ては、満月の前夜に――。
8
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる