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肆
恋華の、等しく咲き揃う 【一】
しおりを挟む「近江様。お加減は、いかがですか?」
「……別に」
「左様ですか。本日は桃を持参いたしました。薬にもなりますので、近江様に是非お召し上がりいただきたく」
「……そこに置いておいて」
「はい。それでは失礼いたします」
「……」
御簾越しに話していた相手が、簀子縁の向こうに消えていく。ようやく帰った。
「近江様に是非お召し上がりいただきたく、ですって? お気軽に私の名前を呼ばないでほしいわ」
『近江』は、内裏における、上の女房としての私の名乗り。篤子と呼ばれたわけではないのだから憤慨する必要などないのだけれど、今の訪問者は別だ。
うずら丸を捕縛した、忌々しい陰陽師なのだから。
「正確には、まだ陰陽師を名乗れない陰陽生、だったかしら。ま、その辺の違いはどうでもいいわ」
あの朔の夜以降、養生目的と称して内裏から下がり、大納言家の大津の別邸にこもっている私のもとに二日に一度、あの者は都からやってくるようになった。いつも何かしらの見舞いの品を携えて。
「果物やら、お花やら。そんな物で、誤魔化されたりしないんだからっ。あの者のせいで、うずら丸が居なくなったんだもの!」
――ぱしんっ!
手にしていた蝙蝠扇を、力任せに床に叩きつけた。
「許さない……絶対に許さないっ」
――ぱしっ、ぱしんっ!
「あっ」
――かたんっ、かたかたっ
「扇が……」
苛立ち紛れの勢いが強すぎて、扇が手からすっぽ抜けた。夏用に軽く作られた扇は一直線に御簾まで飛び、ぶつかって床に落ちる。
その向こうに見えるのは、陰陽生が置いていった、桃の入った竹籠。
「……桃には罪はないから、貰っておいてあげるわ」
わざと足音を大きく立てて歩き、御簾を上げて簀子縁へと出る。桃の籠の横に、ぺたんっと座った。
小ぶりのものをひとつ、手に取る。
「……はぁぁ……」
長く深い溜め息も、ひとつ。
「わかってる」
手の中で桃を転がしながら、呟きも、ひとつ。
わかってる。私、本当はわかってるの。ただ、素直に認めることができないだけ。
この桃を持ってきた、あの陰陽生。あの者は悪くない。陰陽寮に属する者として、当然のことをしただけ。
私にとっては大事なお友だちでも、うずら丸は妖猫。畏れ多くも主上のおわす内裏に妖を住まわせるなど、本来あってはならないことだ。
私には、上の女房としての自覚が足りなかった。
うずら丸の正体は妖なのだから、退治されても文句など言えない。
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