6 / 17
参
別離 【一】
しおりを挟む「篤子、待て!」
「待ちません。ついてこないで!」
あぁ、どうして、こんなことになっているんだろう。
「関係ない光成お兄様なんて、ついてこないで!」
――朔の夜。突然、内侍司に姿を現された光成お兄様と源建様。そのおふたりから逃げるために、駆け出した。
腕の中に抱えた布包み――――うずら丸をしっかりと抱きしめて。
陽が落ち、月の昇らぬ朔夜が始まった途端、内侍司を束ねておられる柿本様が、私の局を検分に来られた。
予め、ご存知だったらしく、『飼っているという猫の姿を見せなさい』と言われた。朔の夜に、そんな検分が行われる理由は、ひとつしか思い当たらない。
妖猫の存在が、陰陽寮に露見したに違いない。だから、すぐにうずら丸を連れて司を飛び出してきた。
駆け出した私の背から、『猫を陰陽寮に引き渡しなさい』という柿本様の厳しいお声が飛んできたけれど、そんなことできないから振り返らなかった。
うずら丸を安全に匿うことができる場所のあてなど、ない。
けれど、とにかく内裏から出なくては、と必死だった。
「止まれ! 篤子っ!」
「嫌です! ついてこないでと申しましたのに、どうして、ついていらっしゃるのっ?」
走る私の横に並び、『止まれ』と制してくる相手に、声を張り上げる。
主上の御用を務める蔵人であられる光成お兄様は、陰陽寮とは何の関係もないはず。でも、必死なご様子で追いかけていらっしゃるということは、妖であるうずら丸が目的なのでしょう? この子を捕らえるおつもりなのだ。
それなら尚のこと、足は止めないわ。絶対に。
小さな頃から、足の速さだけは自信があるのよ。
「光成お兄様、しつこいです。私、急いでおりますのに!」
子猫を抱えたままという走りにくい体勢だけれど、速度を保ったまま内裏の暗い庭を駆け抜け、並んで疾走してくる相手を、きっと睨みつけた。
どうせ、私は嫌われているのだもの。もうひとつ嫌われる要素が増えても、あまり大差はない。
それよりも、お兄様たちから逃げ切って、うずら丸を早く安全なところに……。
「篤子!」
「きゃあっ!」
大きな、衝撃。そして、視界がくるりと回転する。
走る私の背に飛びかかった光成お兄様とともに地面を転がったのだとわかったのは、ご自分が下になるよう私を抱きしめ、地に倒れた光成お兄様の声を耳元で聞いた時だった。
「悪いが、我らはその猫に用がある。引き渡してもらうぞ」
地に転ばされたとはいえ、私の身に衝撃がないよう気遣ってくださったのだと今の体勢でわかるけれど。冷淡とも取れる口調で、私が抱き込んだ布包みに手をかけてこられるものだから、必死で叫んだ。
「やめて。うずら丸に触らないで! 柿本様も光成お兄様も、どうして皆、この子を取り上げようとするの? うずら丸は、私の大事なお友だちなのに!」
大切な、大切な。何にも代え難い、私のお友だち。
「離して! お友だちは、渡しません!」
絶対に、渡さない。
うずら丸をくるんだ布包みを抱きしめたまま身体を丸め、声をあげる。
「この子だけが! うずら丸だけが私の気持ちをわかってくれるのに! どうして、私から取り上げようとするのっ?」
私を捕まえた光成お兄様の腕の中で身をよじり、その手から逃げるために髪を振り乱して、めちゃめちゃに暴れた。
でも、うずら丸だけは、しっかりと抱きしめて離さない。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
【1/23取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
花舞う庭の恋語り
響 蒼華
キャラ文芸
名門の相神家の長男・周は嫡男であるにも関わらずに裏庭の離れにて隠棲させられていた。
けれども彼は我が身を憐れむ事はなかった。
忘れられた裏庭に咲く枝垂桜の化身・花霞と二人で過ごせる事を喜んですらいた。
花霞はそんな周を救う力を持たない我が身を口惜しく思っていた。
二人は、お互いの存在がよすがだった。
しかし、時の流れは何時しかそんな二人の手を離そうとして……。
イラスト:Suico 様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる