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別離 【一】

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「篤子、待て!」

「待ちません。ついてこないで!」

 あぁ、どうして、こんなことになっているんだろう。

「関係ない光成お兄様なんて、ついてこないで!」

 ――さくの夜。突然、内侍司ないしのつかさに姿を現された光成お兄様と源建様。そのおふたりから逃げるために、駆け出した。

 腕の中に抱えた布包み――――うずら丸をしっかりと抱きしめて。



 陽が落ち、月の昇らぬ朔夜が始まった途端、内侍司を束ねておられる柿本様が、私の局を検分に来られた。

 予め、ご存知だったらしく、『飼っているという猫の姿を見せなさい』と言われた。朔の夜に、そんな検分が行われる理由は、ひとつしか思い当たらない。

 妖猫の存在が、陰陽寮に露見したに違いない。だから、すぐにうずら丸を連れて司を飛び出してきた。

 駆け出した私の背から、『猫を陰陽寮に引き渡しなさい』という柿本様の厳しいお声が飛んできたけれど、そんなことできないから振り返らなかった。

 うずら丸を安全に匿うことができる場所のあてなど、ない。

 けれど、とにかく内裏から出なくては、と必死だった。

「止まれ! 篤子っ!」

「嫌です! ついてこないでと申しましたのに、どうして、ついていらっしゃるのっ?」

 走る私の横に並び、『止まれ』と制してくる相手に、声を張り上げる。

 主上おかみの御用を務める蔵人であられる光成お兄様は、陰陽寮とは何の関係もないはず。でも、必死なご様子で追いかけていらっしゃるということは、あやかしであるうずら丸が目的なのでしょう? この子を捕らえるおつもりなのだ。

 それなら尚のこと、足は止めないわ。絶対に。

 小さな頃から、足の速さだけは自信があるのよ。

「光成お兄様、しつこいです。私、急いでおりますのに!」

 子猫を抱えたままという走りにくい体勢だけれど、速度を保ったまま内裏の暗い庭を駆け抜け、並んで疾走してくる相手を、きっと睨みつけた。

 どうせ、私は嫌われているのだもの。もうひとつ嫌われる要素が増えても、あまり大差はない。

 それよりも、お兄様たちから逃げ切って、うずら丸を早く安全なところに……。

「篤子!」

「きゃあっ!」

 大きな、衝撃。そして、視界がくるりと回転する。

 走る私の背に飛びかかった光成お兄様とともに地面を転がったのだとわかったのは、ご自分が下になるよう私を抱きしめ、地に倒れた光成お兄様の声を耳元で聞いた時だった。

「悪いが、我らはその猫に用がある。引き渡してもらうぞ」

 地に転ばされたとはいえ、私の身に衝撃がないよう気遣ってくださったのだと今の体勢でわかるけれど。冷淡とも取れる口調で、私が抱き込んだ布包みに手をかけてこられるものだから、必死で叫んだ。

「やめて。うずら丸に触らないで! 柿本様も光成お兄様も、どうして皆、この子を取り上げようとするの? うずら丸は、私の大事なお友だちなのに!」

 大切な、大切な。何にも代え難い、私のお友だち。

「離して! お友だちは、渡しません!」

 絶対に、渡さない。

 うずら丸をくるんだ布包みを抱きしめたまま身体を丸め、声をあげる。

「この子だけが! うずら丸だけが私の気持ちをわかってくれるのに! どうして、私から取り上げようとするのっ?」

 私を捕まえた光成お兄様の腕の中で身をよじり、その手から逃げるために髪を振り乱して、めちゃめちゃに暴れた。

 でも、うずら丸だけは、しっかりと抱きしめて離さない。


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