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弐
ひみつの花園 【一】
しおりを挟む「篤子様? どちらへ行かれるのですか?」
――ぴくんっ
雨の湿りが残る、夜明け前。ひそかに局を抜け出したつもりが、隣の局から飛んできた声にぴたりと足が止まった。
「あ、小梅の君。あの……寝苦しいので、少し風に当たりたいの。涼んで落ち着いたら、戻ってくるわ」
「そうですか。お気をつけて」
良かった。すぐに納得してくれた。
まだ夢心地なのか、とろんとした目を眠そうにこすりながら自らの局に引っ込んでいく振り分け髪の姿に、ほっと息をつく。
内侍司で、ともにお務めに励む、小梅の君。女童たちの中では最年長とはいえ、まだ十四歳。ふと目覚めたものの、またすぐに夢の世界へ戻りたいのよね。
「あぶなかったな、あつこ」
「あら、まだお話ししては駄目よ。誰に聞かれるか、わからないのだから」
両手で抱えた布包みの中から甲高い声を向けてきた相手の頭を撫で、早口で諫める。この子猫が人の言葉を話すことは、誰にも知られてはいけない。
「お庭に出たら、またたくさんお話ししましょうね。さ、行きましょう?」
そっと足を踏み出した簀子縁から見上げた先には、糸のように細い有明の月が白く輝いている。
菫色と朱鷺色が絡み合う、まだ明けきらない朝ぼらけの空のもと。目指す場所へと、足を急がせる。
私たちだけの、ひみつの時間。ふたりきりのひと時を過ごせる場所――――ひみつの花園へと。
「これが、あお。こっちは、しろ。それに、むらさき、か?」
ひみつの花園。それは、私たちが初めて出会った場所。そこで今、開花したばかりの朝顔に鼻先を寄せた白猫が、お花の色を声に出し、確認している。
「そうよ。全部合ってるわ。じゃあ、こちらのお花の色は?」
「あか、だ。うずらまるの、めのいろと、おなじいろ」
「その通り。うずら丸は、もうたくさんの言葉を話せるわね。よく頑張りました」
出会って、ひと月。まだ少し、たどたどしいものの、多くの言葉を知ったことで日に日に滑らかに話せるようになっている。私と話すぶんには何の支障もない。
「うん。うずらまる、がんばった。あつこ、ともだちだから、もっとたくさん、はなせるよう、がんばる」
「ふふっ。うずら丸と私は、仲良しのお友だちですものね」
灰炎と名乗った妖猫に、私は『うずら丸』という呼び名をつけた。
『ぴよーんっ』という、とても珍妙で、それでいて何ともいえない可愛らしいこの子の声が、鶉の鳴き声に似ていると思ったから。
うずら丸もその呼び名を気に入ってくれて、自分のことを『うずらまる』と呼ぶさまが、とても愛らしい。
その時の声に、どこか誇らしげな音が混じっていて。得意そうに『うずらまるが……』と語っているのを聞く度に、「あああぁ、可愛いぃーっ!」となって、小さな体躯を抱き上げて頬にすりすりしたり、抱きしめたまま地面でごろごろと転がってみたい衝動にかられてしまって。
それを抑えるのが、わりと大変。
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