上 下
3 / 17

ひみつの花園 【一】

しおりを挟む



「篤子様? どちらへ行かれるのですか?」


――ぴくんっ

 雨の湿りが残る、夜明け前。ひそかにつぼねを抜け出したつもりが、隣の局から飛んできた声にぴたりと足が止まった。

「あ、小梅の君。あの……寝苦しいので、少し風に当たりたいの。涼んで落ち着いたら、戻ってくるわ」

「そうですか。お気をつけて」

 良かった。すぐに納得してくれた。

 まだ夢心地なのか、とろんとした目を眠そうにこすりながら自らの局に引っ込んでいく振り分け髪の姿に、ほっと息をつく。

 内侍司ないしのつかさで、ともにお務めに励む、小梅の君。女童めのわらわたちの中では最年長とはいえ、まだ十四歳。ふと目覚めたものの、またすぐに夢の世界へ戻りたいのよね。

「あぶなかったな、あつこ」

「あら、まだお話ししては駄目よ。誰に聞かれるか、わからないのだから」

 両手で抱えた布包みの中から甲高い声を向けてきた相手の頭を撫で、早口で諫める。この子猫が人の言葉を話すことは、誰にも知られてはいけない。

「お庭に出たら、またたくさんお話ししましょうね。さ、行きましょう?」

 そっと足を踏み出した簀子縁すのこえんから見上げた先には、糸のように細い有明の月が白く輝いている。

 菫色と朱鷺色が絡み合う、まだ明けきらない朝ぼらけの空のもと。目指す場所へと、足を急がせる。

 私たちだけの、ひみつの時間。ふたりきりのひと時を過ごせる場所――――ひみつの花園へと。



「これが、あお。こっちは、しろ。それに、むらさき、か?」

 ひみつの花園。それは、私たちが初めて出会った場所。そこで今、開花したばかりの朝顔に鼻先を寄せた白猫が、お花の色を声に出し、確認している。

「そうよ。全部合ってるわ。じゃあ、こちらのお花の色は?」

「あか、だ。うずらまるの、めのいろと、おなじいろ」

「その通り。うずら丸は、もうたくさんの言葉を話せるわね。よく頑張りました」

 出会って、ひと月。まだ少し、たどたどしいものの、多くの言葉を知ったことで日に日に滑らかに話せるようになっている。私と話すぶんには何の支障もない。

「うん。うずらまる、がんばった。あつこ、ともだちだから、もっとたくさん、はなせるよう、がんばる」

「ふふっ。うずら丸と私は、仲良しのお友だちですものね」

 灰炎かいえんと名乗った妖猫に、私は『うずら丸』という呼び名をつけた。

 『ぴよーんっ』という、とても珍妙で、それでいて何ともいえない可愛らしいこの子の声が、うずらの鳴き声に似ていると思ったから。

 うずら丸もその呼び名を気に入ってくれて、自分のことを『うずらまる』と呼ぶさまが、とても愛らしい。

 その時の声に、どこか誇らしげな音が混じっていて。得意そうに『うずらまるが……』と語っているのを聞く度に、「あああぁ、可愛いぃーっ!」となって、小さな体躯を抱き上げて頬にすりすりしたり、抱きしめたまま地面でごろごろと転がってみたい衝動にかられてしまって。

 それを抑えるのが、わりと大変。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【1/23取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

花舞う庭の恋語り

響 蒼華
キャラ文芸
名門の相神家の長男・周は嫡男であるにも関わらずに裏庭の離れにて隠棲させられていた。 けれども彼は我が身を憐れむ事はなかった。 忘れられた裏庭に咲く枝垂桜の化身・花霞と二人で過ごせる事を喜んですらいた。 花霞はそんな周を救う力を持たない我が身を口惜しく思っていた。 二人は、お互いの存在がよすがだった。 しかし、時の流れは何時しかそんな二人の手を離そうとして……。 イラスト:Suico 様

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

処理中です...