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壱
紅瞳の白猫 【二】
しおりを挟む「あら、あなた、怪我をしているの?」
「ぎぎぎっ、ぎぃっ!」
不思議なことに、突然、空から降ってきた妖猫を怖いとは少しも思わなかった。
それどころか、その身体中に刻まれた傷がとても痛々しくて。手当てをしてやりたい、痛みを取り除いてやりたい、その欲求だけが頭を占めていく。
唸り声で威嚇されても構わずに、朝顔の蔓の上でうごめいているその身体に近づき、あれこれ世話を焼いていた。
「ちょうど傷薬を持っていて良かった」
庭木の水やりと手入れをする時は、必ず傷薬を持つようにしていたのが功を奏したみたい。
気をつけていても、枝や固い茎で指先を傷つけてしまうことがよくあるから。すぐに塗れるよう、いつも常備している薬を塗ってあげる。
「これね、とても良く効く薬草なのよ。早く治りますように」
「ぎぃっ、ぎぎぎっ、ぎっ?」
全ての傷口に丁寧に薬を塗り込み、そっと身体を撫でてあげたその時。それまで私を威嚇していた唸り声が、初めて、何かを尋ねるような音に変わった。
「あなたの身体、緋い炎で覆われてるのに、私が触っても熱くなかった。人の身である私でも、ちゃんと触れるように温度を調節してくれたのでしょう? ありがとう。そんなとても優しいあなただから、少しでも痛みを無くしてあげたかったの。早くお家に帰れるように」
自信はなかった。けれど、この妖猫は少しは人語を解するのではないかと期待した私は、自分の気持ちを伝えた。御礼と、いたわりを込めて。
「ぎぎぎっ、ぎぎぃっ…………お、まえ……ちがう、ぞ」
すると、目の前の妖の様子に突然の変化が。
唸り声が、たどたどしい人語へと変わった。
「ありがとう、は……かいえん、の……きもち、だ。かいえんは、おまえ、に、ありがとう、いうぞ」
「かいえん?」
『かいえん』が、この妖猫の名前なのかしら。
そう思い、何気なくその言葉を復唱したその瞬間。相手の様相が変わっていく。
実際に見たことはないけれど、獅子というのはこれほどに巨大なのかしらと、妖猫の体格の基準にしていた大きな輪郭が、突如、ぐにゃりと崩れた。
――しゅうぅぅ
どろりと重く、妖しい気配が徐々に霧散。見る見るうちに身体が小さくなり。
「ぴよーんっ」
一瞬のちには、真っ白い毛並みと緋色の瞳を持つ、小さな獣の姿がそこに現れていた。
「ぴよんっ、ぴよーんっ」
甲高い鳴き声の珍妙さが脱力を誘う、とても愛らしい子猫の姿。
思わず、両の拳をぐっと握り込んで叫んでしまった。
「かっ、可愛い……!」
――これが、妖猫、灰炎と私との出会いだった。
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