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第一話
君と歩く、翡翠の道【5−2】
しおりを挟む「奏人?」
汗、すごいよ? 呼吸だって、荒い息遣いがはっきり聞こえるほど。普段の朝のランニングの時でも、ここまで息を切らしてるところ、見たことない。
もしかして……もしかしたら、ゴールからずっと走って戻ってきてくれた?
「大丈夫?」
優しい指が、髪に触れる。
「左足、でしょ? 痛む?」
足首に視線をやりながら聞いてくれる奏人の表情は、とても痛そうで。それはまるで、私と同じ痛みを共有してくれているかのような、つらそうな表情。
あ……あぁ、そうか。武田くんから聞いたのかな。左足だって。だから、こんなに急いで来てくれたの? 去年のスキー合宿で痛めたほうの足だから?
ううん。きっと、そうだ。わざわざ聞くまでもない。奏人は、『そういう人』だ。
だから、優しい手の感触と向けられた笑みに、こんなにも胸が痛くなるんだ。
「武田、サンキュ。色々悪かったな」
「おおぅ! いやいや、何のこれしきっ」
私に向けられたのと同じ笑みが武田くんにも向いて、二人同時に頷き合う。何かを確認するかのように。
「さ、涼香。――おいで?」
「え?」
そして、私に目線が戻ってきた奏人の口元からは、『おいで?』の言葉。それに固まった私に、奏人の笑みが深まる。
私を見ながら「武田」という低い声が零れて、即座に「ほい!」という武田くんの声が続く。
「ひゃっ」
前屈みだった武田くんの身体が、突然真っ直ぐに背すじを伸ばしたことで、その背中から滑り落ちそうになった私は――。
「捕獲、完了?」
奏人に、抱きとめられていた。真横から。
「怖かった? ごめんね。さ、行こうか」
耳元に落ちた、ひそめた声。瞬時に振り仰げば、『ごめんね』って、ほんとに思ってるの? って聞きたいくらい綺麗な笑みが、至近距離にあった。
というか、ちょっと待って? これ、お姫様だっこ! ねぇ! 何、このまま歩こうとしてるのっ?
「かかか、奏人っ?」
「何? 落としたりしないから安心して?」
「や、そうじゃなくて!」
「あぁ、でも俺の首に手を回してくれると、歩きやすいから有り難いな。いい?」
「あ、はい…………じゃなくて!」
言われるまま、うっかり手を回して密着してから我に返った私。ツッコミが遅れた。
「あのねっ」
「涼香? ちょっとだけ、静かにしといてくれる?」
突然、私をからかういつものトーンから、低くて硬い声音に変わった。表情も、きゅっと引き締まったものに。
あれ? 前じゃなくて、横に歩いてくのは、なぜ?
「花宮先輩」
「おぅ、何だ?」
奏人? 煌先輩に、何の用? というか、いい加減おろしてほしいっ!
「ありがとうございました。もう大丈夫、ですので」
「……ふん。そういうことか」
奏人の『ありがとう』に、一瞬目を見開いた煌先輩だけど。チラッと周囲に視線を走らせてから、また戻ってきたお顔は、いかにも面白くなさそうに片方の口角だけを上げるものだった。
「では、失礼します」
それを気にも留めずに、軽く会釈して踵を返した奏人に『ありがとう』の意味を尋ねようとしたんだけど。
「おい、土岐」
歩き出したところで、呼び止められた。
「……はい」
あ、今、眉が寄ったよ? ちょっとだけ。
「いつからだ?」
「もう、一年経ちました」
振り返った奏人への質問は、何のこっちゃわからん理解不能なものだったのに、間髪入れずに無表情で即答した奏人にビックリ。
「ふん。わかった。またな」
「はい。失礼します」
奏人が再度会釈して歩き出すまで、煌先輩と奏人、二人のお顔を見比べるように、せわしなく目線を動かして観察してた。
でも、そんなことをしても二人のやり取りの不透明さは全然理解できなかったし、眩しい午後の陽射しに、同時にクラクラした。
男子の……ううん、低テンションの男子の会話って、難易度高い!
「――土岐くん。涼香ちゃんのリュック、預けるね」
「サンキュ、秋田」
「あっ、ありがと、チカちゃん。重かったでしょ?」
煌先輩との会話の後、すぐにお姫様抱っこからは解放されたけど、痛めた左足のチェックを入念に行った奏人によって、今度はおんぶされてしまった。ちゃっかり、ゴールまで。
そして無事ゴールして解散した今、電車よりもバスのほうが私の家まで送りやすいという奏人の判断で、皆と別れてバス停に向かうところ。
武田くんにおんぶしてもらってた時からずっと私の荷物を持ってくれていたチカちゃんが、別れ際にリュックを渡しにきてくれた。私じゃなく、奏人に。
「ううん。全然重くなかったよ、大丈夫。いつも使ってる筋トレのダンベルのほうが重いんだよー。あははっ」
「え、そうなの? チカちゃん、何気に力持ちさんだもんね」
「まぁね。だから、チカが涼香ちゃんをおぶっても良かったんだけどさ。武田くんが『土岐に頼まれたのは、俺だ』って譲らなかったからねぇ」
そう。いつの間にそんな話になったのかわかんないんだけど、奏人と武田くんの間でそういうことで話がまとまってたらしい。
私が痛めたのが左足なら無理させないでほしいって、武田くんに頼んでくれてたんだって。
こういうの、後から聞かされたら……めちゃめちゃ嬉しいよね。
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