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第一話
君と歩く、翡翠の道【4−3】
しおりを挟む「そういえば。白藤さん、知ってる? あの橋を渡ったところにある神社。恋愛のパワースポットとして、最近メジャーになってるらしいよ」
「え、そうなの? 何ていう神社?」
最後のチェックポイントを過ぎて少し経った頃、高階くんが教えてくれた情報にしっかり食いついた。
「俺も神社の名前までは知らないんだけどさ。あそこに見えるのが、そのお社の鎮守の森だよ。見える?」
「あー、わかった。うん、見える見える! あそこね?」
横に並んだ高階くんが、地図を片手に指差した先。川の向こう岸に見える住宅地の中に、大きな木が何本も立ち並んでる景色が目に入った。
「恋愛中のカップルが大勢お参りしてるんだってさ。白藤さんも、土岐を誘って行くといいよ」
「え、奏人を? どうだろ? 奏人、興味あるかな? そういうところ」
ふたりで神社なんて、初詣の時にしか行ってないもの。
「ふふっ。絶対、大丈夫だよ。白藤さんが一緒に行きたいところがあるって言えば、土岐はウキウキと張り切って! 連れて行ってくれるんじゃない?」
「えっ? は、張り切って、くれるかどうかはわかんないけど……じ、じゃあ、お願いして、みる」
ウキウキと張り切って、を強調されたけど、その理由がわからないまま、ニンマリ笑って覗き込んできた高階くんに小さく笑い返した。
でもでも! 奏人と、お出かけ! そんなの春休み以来、行ってないわぁ。大抵の休日は、部活で潰れてしまう奏人だけど、少しなら時間あるよねっ?
いつ行こうかな。楽しみだわぁ。
「ところで、高階くんも行ったの? その神社」
「いや。俺の母さんがね、最近そういうパワースポットを巡るのに凝っててさ。母さん情報なんだよ」
「わ、お母さまが? 高階くんのお母さまって、アクティブな方なのねぇ」
「ははっ。アクティブっていうか流行りのモノに弱いっていうか、目新しいモノ好きなだけなんだけどね。親父が嫌がらずにつき合うもんだから、時々俺まで振り回されて困ってるんだ」
苦笑してる高階くんだけど、ほんとに『困ってる』ようには、とても見えないなぁ。
「そうだ。母さんに神社の詳しい情報、聞いてこようか?」
「ううん、大丈夫。自分で調べる」
言いながら確認したウォーキングラリーの地図には、神社の地図記号しか載ってない。名前とかアクセス方法とか、家に帰ったら詳細を調べてみなくちゃ。
奏人を誘うんだもの。自分でちゃんと調べたい。それで、調べたことを伝えて、ふたりで色々決めるの。そういう時間も、きっとすごく楽しいはず。
でも一番の問題は、奏人が乗り気になってくれるかどうか……初詣はともかく、パワースポットとか祈願とか、そういうの、あんまり興味なさそうに見えるんだもの。これは、頑張ってお願いしてみなくちゃ!
「――よっしゃ! もうすぐゴールだぞぉ。あとひと息だからな。皆、頑張ってこうぜ!」
先頭で地図を確認してた武田くんが振り向いて、皆を鼓舞するように声をかけてくれた。
「このままのペースでいけば、タイムも悪くないはずだよ。どう? 女子の皆は、大丈夫?」
武田くんの言葉を受けたチカちゃんが時計を見た後、私たち女子の顔を順に見て尋ねてくれたから、口々に「大丈夫」と答える。
あと少し。あと少し頑張れば、奏人がゴールで待っててくれるんだもの。頑張るっ。
さっき届いたメッセージの内容。『ゴールしたよ。待ってるから一緒に帰ろう』だった。わかってても『一緒に帰ろう』って、わざわざ伝えてくれるところ。そういうの、すごく嬉しい。
それにしても、先に出発したとは言え、もうゴールしたなんて。奏人も頑張ったんだね。
あの人、都築さん、も同じ班だった。武田くんやチカちゃんみたいに、奏人も都築さんを励ましたりしたのかな? するよね? したよね? きっと。
それくらい誰でもするだろうし、クラスメートや仲間なら当たり前のことなのに、それを想像してちょっとモヤモヤしちゃう自分が嫌だなぁ。私って、何回、同じことでモヤモヤするんだろ。残念すぎるよね。
私と比べて、萌々ちゃんはすごいなぁ。武田くんが私や美也ちゃんを気遣っても、ニコニコして見てるんだもの。ほんと、偉いわ。
それに引き替え、私はものすごく勝手だ。心が狭い。女子に優しく声をかける奏人を想像しただけで……。
「あっ!」
しまった!
「痛ぁ」
転んじゃった! 小石を踏んづけてバランス崩しちゃったよぉ。
地面についた手のひらと、膝が痛い。ちゃんと足元を見て歩いてたはずなのに。
「涼香ちゃんっ?」
「白藤さんっ!」
「――大丈夫か?」
……え?
振り向いたチカちゃんと後ろから聞こえてきた高階くんの声にかぶって、上から落ちてきた声。それに、ぴくんと肩が震えた。
「立てるか? ほら、手を出せ」
差し出された手。そこから視線を上に上げて、声の元を辿る。目が、合った。
「お前」
あ、私……この人、知ってる。
「お前、あの時の……」
あの時の、――あの人、だ。
『泣くな。泣いても仕方ないことで、泣くな。そんな暇があったら——』
『——お前の髪、すげぇ綺麗だぞ』
少し乱暴な口調、眉間のしわ。流れる黒髪から覗く、鋭い目。
「おい、立てるか? ほら」
あの日、オレンジ色の夕陽の中で差し出されたのと、同じ手。
「ありがと……ございます」
温かさは、変わらない。
「涼香ちゃん、大丈夫っ?」
「あ、チカちゃん。うん、大丈夫」
手を掴んで立たせてもらったところで、チカちゃんたちが駆け寄ってきた。
「お前、祥徳に入ったのか」
「え? ……あっ!」
疑問系じゃない、思わずポツリと零れ出たかのような声に相手を見返せば、目の前の人も祥徳のジャージを着ていることに気づいた。
「あ……祥徳の人、なの? 煌先輩、も?」
するりと名前が出てきた。
煌先輩。私の〝恩人さん〟。あの時の……。
「――ねぇ、煌兄ちゃん。いつまで涼香ちゃんの手、握ってんの?」
え?
「萌々。何だ、お前ら、同じクラスなのか」
えっ?
「私の仲良しさんよ」
「ふ……そうか。例のグループのメンバーか。なるほど」
ええぇっ、『煌兄ちゃん』?
まさか……まさか、まさか! 萌々ちゃんのお兄さんなの?
私の恩人さんと萌々ちゃんが、兄妹っ?
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