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第一話
君と歩く、翡翠の道【1−1】
しおりを挟む「わぁ、蝶々がいっぱい! 何頭いるんだろ。綺麗ねぇ。あ、このお花も可愛いな。アゲハチョウも、とまってる!」
生命力あふれる野の花たち。色とりどりの花々に目を楽しませてもらいながら、歩を進めていた。
川岸に向かって目線を下げれば、土手に咲く菜の花をバックにモンシロチョウが飛び交っているのが見えて、テンションが上がる。
自分の足元に目線を移すと、小さくて可憐な花にアゲハチョウが1頭、まるで羽を休めるかのようにとまっているのを見つけた。
「何ていうお花かしら?」
可憐な赤紫色の花弁をよく見ようと、しゃがんで覗き込んで。
「ねぇ、奏っ……あ……」
自分の背後に求める姿が居ないことを、振り向きかけてから思い出す。
また、だ。大好きな人の姿が近くにないことに、まだ慣れない。上げていた頭が、だんだんと下がっていくのを止められない。
寂しい、な。
「あぁ、これはニワゼキショウじゃないかな?」
不意に視界に影が落ちた。背中越しに聞こえてきた男子の声に頭を上げる。
「このお花、ニワゼキショウっていうの?」
「俺も自信は無いんだけど、たぶん合ってると思う。基矢に聞けば確実なんだろうけどねー」
「残念ながら、今ここに居ないからね」と、私を覗き込みながら、ふんわり笑うのは高階郁水(たかしな いくみ)くん。
「え? 一色くんって、お花に詳しいの?」
「うん。基矢のヤツ、こういう野草や高山植物をウォーキングがてら調べるのが趣味なんだ」
「そうなんだぁ。一色くんが……」
高階くんの言葉に、一色くんの姿を思い浮かべる。
ふーん、あの一色くんがお花好きとは意外。ふふっ。一体どんな顔して、お花を見て回ってるのかしら?
私の知る一色基矢くんは寡黙で真面目。それで、私たちよりもちょっと大人な雰囲気で、いつも少し下がったところで皆を見守ってるイメージだ。
「ふっ。意外だろ? あんなデカい図体して。しかも、あの真面目顔で花を見てる姿を想像するとねー」
「え? えぇっ? えっと……」
ニヤッと笑って顔を近づけてきた高階くんに、知らないうちに口に出してたかと慌てた。
「慌てなくてもいいよ。俺が一番そう思ってるしね。それはそうと……」
「おーいっ! そこのふたりー! なぁにしてんだぁ? 遅れてんぞー!」
「……あ」
「あーあ。やっぱり、うるさいのが戻ってきたよ」
前方から手を振りながら駆け戻ってくる姿を見て立ち上がると、苦笑してる高階くんと目が合った。
「おっせぇぞ、ふたりともっ!」
跳ねるように駆けてきて、ピッと立てた人差し指をチョンチョンと左右に振ってみせてる、明るい髪の男の子。武田慎吾くん。
ふふっ。いつもだけど、武田くんが傍に来ると和むわぁ。
「白藤ちゃん、何かあったんかぁ?」
くいっと首を曲げて覗き込んでくる瞳は、綺麗な茶色。ちょっと垂れ目なせいかしら? それとも、瞳が大きいからかな? こんなに背が高いのに、幼い印象よねぇ。武田くんって。
「おーい、聞いてるー? 大丈夫かぁ?」
「あっ、ごめんなさい。あの、私がお花を見て足を止めたから高階くんにも迷惑かけちゃったの。ほんとにごめんなさい!」
今度は身体ごと曲げて心配顔を見せてきた武田くんに、慌てて謝った。
「そっかぁ。ま、大丈夫なら行くべ? 前のふたりも……あー、戻ってきてるわ」
「あ……美也ちゃん、満里奈ちゃん」
武田くんの言葉に前方に目を向けると、笹原美也ちゃんと安倍満里奈ちゃんが小走りで戻ってきてた。
うわぁ、どうしよう。私のせいで皆に迷惑かけてる……。
「美也ちゃん、満里奈ちゃん。ごめんなさい! 私、お花を見るのに夢中になっちゃって……」
「え? どのお花?」
「あ、これでしょ? 可愛いねぇ」
「写真撮ろ! 写真!」
「私も、撮ろー」
……え?
迷惑をかけたことを謝ったんだけど、全然気にしてないみたいなふたりがパシャパシャと写真を撮り出しちゃって、顔の前で合わせた両手が手持ち無沙汰な私。
「白藤ちゃんも撮れば? 写真」
「だね。俺も撮っておいて、後で基矢に確認しようかな」
ニカッと笑った武田くんと、頷いてスマホを取り出した高階くん。「ほら、涼香ちゃんも撮りなよ」と、誘ってくれる満里奈ちゃん。「こっちの角度からがいいよ?」と呼んでくれる美也ちゃん。勝手なことして迷惑かけた私なのに、優しくてあったかいなぁ。
「白藤さんも、後で土岐に見せるといいよ」
「あ、うん!」
高階くんが奏人の名前を出した瞬間、ドキンっと鼓動が跳ねた。
「うん! 私も、撮るっ」
慌ててスマホを取り出して、しゃがみながらもドキドキした。
——奏人。
一瞬で胸いっぱいに広がった、大好きな人への想いと。目前に大きく浮かんでくる優しい微笑みと。それから、今朝、頬に触れてくれた時の温もりと。そういうの全部が合わさって、きゅうっと締めつけられる感覚にドキドキしながら、何枚も写真を撮った。
これを見せた時の奏人の反応も想像しながら。
「さぁて皆、そろそろ行くよーん。次のチェックポイントでちょうど10㎞になるから、頑張ろうな?」
「はーい」
先頭を切りながら皆を促してくれた武田くんに、女子全員、声を揃えて返事をした。
今日、私たちは高等科の学年行事・ウォーキングラリーに参加中。
学校から5駅離れた自然公園を起点に、東京湾まで流れる川の河川敷コースを歩くというもの。コース距離は、30㎞。運動部に所属してない私には、なかなかの距離になる。
私たちのグループは、武田くんをリーダーに、高階くん、美也ちゃん、満里奈ちゃん、私の五人編成。美也ちゃん以外の三人は、今回初めて同じクラスになった。
去年の春、中三になってから編入してきた私。生徒全員の顔なんて覚えられるわけもなく、名前と顔が一致しない人もまだたくさんいる。だから、少しでもお知り合いになれてた人たちと同じクラスになれたのは、良かったって思う。
武田くんと高階くんは、奏人と同じバスケ部でお顔を覚えてたし。満里奈ちゃんは、文芸部の作品作りのための取材で話しかけられて以来、よくお話するようになってたから。
奏人は……肝心の奏人とは、クラスが離れちゃった。奏人が一組で、私は二組。高等科の入学式の朝、クラス発表を見て頭が真っ白になったわ。そういう確率のほうが高いって頭では分かってたけど、ものすごくショックだった。
でも仕方ないことだってわかってる。学年が違ったり、学校が違うカレカノはたくさんいるんだもの。
クラスが離れたって言っても隣のクラスなんだし、いつでも逢えるんだから。そう、切り替えたはずなのに。もう四月も終わりだっていうのに。振り向いた時。見上げた時。そこに奏人が居ないことに、まだ慣れない自分が居る。
時々、心細くて。それで、寂しいって思っちゃう私が居るの。駄目ねぇ、私。贅沢すぎるって怒られちゃう。
――あ、メッセージがきた。
『こちらは、二つめのチェックポイントに着いたよ。涼香も頑張って』
スタンプも何もないあっさりした文面なのに、じわりと胸が熱くなる。
先行してる奏人のグループは、既に次のチェックポイントに到着したみたい。うわぁ、もう着いたの? 早ーい。
お花の鑑賞で脱線してる場合じゃなかったわ、私。
奏人。早く逢いたいから、私も頑張るねっ。
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