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回想 -始まりの日- 【1】
しおりを挟む~真南・中1~
「おい、誰か居るのか?」
――びくんっ
不意に部室のドアが開けられ、声が響いた。知らない声だ。
どうしよう。誰も来ないと思って、安心してたのに。
「誰だ? お、1年か? こんな時間まで何して……あ? お前、泣いてる?」
見られた! また何か言われる前に誤魔化さなきゃ。
慌ててTシャツの袖で涙を拭い、急いで顔を上げた。
「なっ、何でもありません!」
「ふはっ! めちゃめちゃ鼻声! 泣いてたってバレバレじゃん」
「そ、そんなことっ……ない、ですっ」
この人、確か2年の先輩だ。名前、何だったっけ。えーと、黒縁眼鏡の人は……。
「んー。別に、いいんじゃね? 泣きたい時には泣いても。俺もそんな時あるし。男でも、我慢しないで泣いていいんだぞ?」
「え……」
甘い低音が紡いだ言葉が信じられなくて、目を見開く。
意外、だった。だって、他の先輩たちは皆……。
「つーかさぁ、ちょうど今の俺がそんな気分っていうかー。明日から泳ぐの禁止って、顧問に言われてきたとこでさぁ。あーあ、マジ、ヘコむー」
喋りながら大股で歩き、部室の真ん中にあるベンチに勢いよく腰かけたその人は、くしゃっと顔をしかめる。
「ちょっと肩を痛めただけなんだよ。なのに、明日から筋トレと走り込みだけしてろって言われたんだぜー。最悪ぅ」
そして、乱暴な仕草でTシャツを脱いだ。器用にも、眼鏡をかけたまま。
「確かにストロークの時に痛むけどさ。二週間は大げさだと思わねぇ? そんなに長く水から離れてたら、干上がっちまう。 なぁ、ここら辺がさ、ちょい痛むだけなんだよ。わかる?」
座ったまま身体の向きが変わり、俺から見た正面に裸の背中が。『わかる?』と向けられたそれは、とても――。
「……綺麗」
「あ? 何か言ったか?」
「いえ、何にも! あの、僕、怪我に詳しくないので、よくわからないです……すみません!」
思わず零れてしまったのは、感嘆の声。
それを聞き返され、慌てて、かぶりを振る。音がしそうなほど、ぶんぶんっと首を振った。
否定したかったから。ドキンっと大きく鼓動が跳ねてしまった自分のことを否定したかった。
この人だって、まだ中2だ。世間一般では子どもの部類に入る。その背中を見て、『綺麗だ』と思ってしまったなんて……。
そもそも、先輩は男。泣きすぎて感覚がおかしくなったからに決まってる。
「そっか。ま、いいや。で、お前は?」
「は?」
「何で泣いてたのか、言ってみな? 悩みとか、つらいことってさ、誰かに聞いてもらうだけで楽になるもんなんだぜ?」
「……っ」
床にうずくまった俺の頭に手が乗り、ポンポンと二度と、それは動いた。優しい手の感触が、頭に響く。
見上げた眼鏡越しのシャープな目元は、俺を見て、ふっと緩んだ。そこにあるのは、優しく温かな光。
「先輩……」
きゅうっと胸が軋んだ。
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