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夢と知りせば
第四章
しおりを挟む蛇の獣憑き種族、蛇神。頭領の名は、二口桂子。
平安時代の後半、陸奥国の豪族、安倍氏の姫として生を受け、二人の夫に相次いで先立たれた後、獣憑きとなる。以来、東北一帯を支配し、最新の情報では海外の組織と組んで産業スパイ等の闇の仕事で一族に利益をもたらしている、したたかで陰謀好きな女怪。
現在、蛇神一族が本拠地としているのは、盛岡市から北東に位置する山間部の……。
「なぁ、光成」
「はい」
「チャキチャキとタブレットで作業してる最中に悪いけど、俺の話を聞いてくれ……まことに、ごめん」
「何の謝罪でしょう」
「だから、ごめんって! 言い訳はしない。悪いのは俺だ。なので、あれをよろしく頼む。自分からフッたこととはいえ、何だか申し訳なくてもう聞いていられん」
運転中の先輩から助手席の僕へ、片手を上げた『頼む』の動作が向けられた。〝あれ〟というのは、後部座席のことだ。
「……仕方がありませんね。結局、そうして僕を使うことになるんですから、今後は軽率な言動は控えてくださいね」
「りょーかいっ。全力で控えちゃうぞっ」
人の忠告が全く通じていない軽薄な返事をする人に小さな溜息だけ残し、僕は顔の向きを変える。先ほど、建先輩が余計なことを言い出したのが、これの発端だ。
「敦尚くん。現地まで、まだかなり距離がある。じっと座ってるだけなのも退屈だろ? 実はな、君に抱っこしてもらってるそのケージの猫、人の言葉を喋れるんだよ。すごいだろ?」
「えっ、マジ? 建さん、マジですか? この子、喋れるんですかっ?」
「マジのマジだ。何せ、大陸生まれの妖猫だからな。妖としての名は灰炎だが、愛称のうずら丸を本人が気に入ってるから、そう呼んで可愛がってやってくれ。ちなみに女の子だぞ」
「ふおおっ、うずら丸ちゃん! 名前も可愛い! 雪のように真っ白で小さくて、緋色のおめめがキラキラ透き通って美しいだけじゃなくて、会話もできるなんて! 最高の美猫では?」
「いま、びねこ、といったか? うずらまるをよんだのは、おまえか?」
「わあぁっ、ほんとに喋った! うん、俺だよ。はじめまして、うずら丸ちゃん。竜宝院敦尚です。敦尚って呼んでほしい」
「わかった。あつまさ、だな。うずらまるは、ふじわらけのねこちゃんだ。いまのかいぬしは、みつなり。うずらまるへのけんじょうひんは、みつなりにあずけるといい」
おい、うずら丸。藤原家の飼い猫だと自己紹介するなら、初対面の相手に品物をねだるな。献上品って、何だ。しれっと僕を窓口にして賄賂を要求するんじゃない。
この時点で、僕の目が据わった気配を感じ取ったのか、建先輩がこちらをチラチラと窺う様子を見せたので、もう少しだけ御曹司と妖猫の会話を聞いてやることにした。
先輩に見られている今の状態が、何だか心地良くて楽しいからではない。断じて。
「献上品? うずら丸ちゃんは何がお好みかな?」
「うずらまる、へいあんのむかしから『にゅうのかゆ』が、だいこうぶつだ」
「にゅうのかゆ?」
「げんだいでは、ちーず、というらしいぞ」
「あ、チーズか。任せて。特選チーズの詰め合わせを贈るね」
「うむ、うまいちーずをまっているぞ。ところで、あつまさも、みつなりたちといっしょに、けものつきとたたかうのか?」
「え……あ、うん。そうなるかな。でも俺、まだ修行中の身だから足手まといにならないよう、いざとなったら離れてるつもりなんだけど」
「はなれる、ひつようはない。うずらまるにまかせろ。うずらまる、ゆうしゅうな、せんとういんだ」
「戦闘員っ? うずら丸ちゃんが? あっ、だから、猫を捜査に連れてきたのはなぜ? って俺の質問に『現地に着けば明らかになる』って光成さんが言ってたのか!」
「ふはははっ。とてもかわいいから、きづかなかっただろうが、うずらまる、こうみえて、にくだんせんが、とくい」
「え、肉弾戦? え? こんなにちっちゃくて可愛いのに、肉弾戦が得意なのっ?」
「うむ。こんなにきゃしゃで、すごーくかわいいが、じじつだ。いざとなったら、にくのかべになって、ぜんいん、まもってやるぞ」
「うずら丸センパーイ、素敵ーっ」
「うずら丸、そろそろ黙ろうか。お前がふんぞり返って座ってるその膝の主、国内の獣憑き種族を束ねてる宗家の御曹司だからな。獣憑きとは一線を画す妖猫とはいえ、礼儀は弁えろ」
御曹司に『センパイ』とか呼ばせるな。器用に足を組んでふんぞり返るな。お前、仮にも猫だろう。猫の骨格の限界に挑むな。
「光成さん、俺なら大丈夫です。うずら丸ちゃんと話せるの、すごく楽しいんで!」
「そう、ですか? うちの猫にお気遣い、痛み入ります。しかし、まもなく到着しますので、楽しい語らいはいったん中止ということでお願いします」
蛇神の本拠地は、もう目と鼻の先だ。
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