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食べないとは言ってない
突然の質問
しおりを挟む「キューブ型のシュークリーム、作れるか?」
「え?」
同居人からの突然の質問に、真南は大きく目を見開いた。
「どうなんだ? 作れる? 作れない? いやいや、絶対に作れるよな! 俺の真南に不可能は無い!」
昨日から埼玉の実家に帰っていた恋人が、明日の帰宅予定を一日繰り上げて今夜のうちに戻ってきた。せっかくの三連休だったのに、どうして? と、それだけでも驚いたのに、リビングに入るなり手荷物も置かずにキューブ型シューがなんちゃらと捲し立てられている。
「啓史? 何? どうしたの? あ、そうだ。まずは荷物を置いて、落ち着いて話そうよ。俺、お茶淹れるね」
余裕のある落ち着いた物腰がテンプレである年上の恋人、啓史。その人の異変にかなり戸惑ったものの、相手の様子に何やら必死なものを感じ取った真南は、まずは話を聞くべきだと判断した。
やや首を傾げ、黒縁眼鏡がよく似合う大好きな人に問いかける。
「で? どういう経緯で、啓史はさっきの質問に至ったの?」
三日間の帰省の予定が繰り上がった理由と、帰宅直後にぶつけられたキューブ型のシュークリーム云々は繋がってるのかな?
もっと細かく尋ねても良かったが、最少の問いかけだけを真南は選んだ。
「ちなみに、キューブ型のシュークリーム、俺、もちろん作れるよ」
これを言い添えたら、理解の早い啓史のことだ。すぐに自分の知りたいことを答えてくれるだろうという確信があったから。
「おお、やっぱり? 店に商品として並んでるところを見たことがなかったけど、最高に優秀なパティシエの真南なら、余裕で作れると信じてたよ。いやー、これで安心……じゃなかった。これで、新しい提案ができるなっ。——では幸村真南くん、パティシエとしての君の大ファンである俺から大事な提案です」
これで安心、とはっきり聞こえた。啓史には何やら後ろ暗い点があるようだ。
あ、や、し、い。
ぱっちりと大きな真南の目が、剣呑に細められた。
「提案? 俺に提案って、何?」
が、なぜかソファーから滑るように床に移動し、そこでぴしっと正座した啓史がガチの真顔を見せてきたから、まずは彼の提案を聞くことを真南は優先する。多少の怪しい素振りがあっても、啓史の為人と自分への愛情を真南は欠片も疑っていないのだ。
「期間限定でいいんだ。グランドメニューに支障が無い程度の数でいいから、キューブ型のシュークリームを店に置いてもらえないかな? 実は、そのために俺の親父が懇意にしてる鉄工所で立方体のケーキ型を特注で作ってもらってきたんだよ。ほら、これだ」
見てくれ、と弾んだ恋人の口調に、金属の型がぶつかるカチャカチャッという甲高い音が重なる。
今日、何回目の真南が目を見開いた瞬間だろうか。
え? 待って。特注のケーキ型、いったい幾つ作ったんだ?
マチの広い紙袋から、微妙にサイズを変えて作られた立方体のケーキ型がどんどん出てくる。いろんなサイズがあるのは、新作スイーツのための試作に、真南がいつも膨大な時間をかけることを啓史がちゃんとわかっているからだ。
「このケーキ型の加工、とても良い仕事だね。腕の良い職人さんが手がけてくれたってわかるよ。すごく使いやすそうだ。こんなにたくさん特注してくれて、ありがとう。喜んで、次の新作スイーツにキューブ型シューを加えさせてもらうよ」
パティスリー『ラ・ベルメール』のオーナーパティシエ、幸村真南。恋人、千葉啓史からの記念日プレゼントを笑って受け取った。
そう、記念日。真南の推察は合ってるはず。このたくさんのケーキ型は、記念日プレゼントだ。
高校卒業後、しばらく疎遠になっていた彼らが偶然に再会することができた日が、もうすぐやってくる。真南が忘れていないのだから、啓史もその日を覚えているに決まっている。そこも疑っていない。
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