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第四章
ふたりの時間【1】
しおりを挟む「ちょっと、ひかるっ! 何なのっ。さっきの、あれ!」
金曜日の放課後。ふたりきりになった教室内に、私の感情的な叫びが響いていく。
部活や委員会、それぞれの目的地にクラスメートが散らばっていった後の、がらんとした教室。ドアは閉め切ってあるけど、きっと廊下にも私の声は漏れてしまっているだろう。
普段なら、絶対にこんなことはしない。でも、今日だけは止められない。
「私、言ったわよね! 『余計なことするのはやめて』って!」
「えー? 私だって言ったよ? 『〝余計なこと〟は、なぁんにも企んでないよ』って。鮎佳こそ、あの時のこと覚えてないのぉ?」
私の詰問に飄々とした悪びれない笑みを向けてくる親友のせいで、声を荒げてしまう。
「だから、それをやめてって言っておいたんじゃない。なのに、さっきのあれはどういうつもりよ!」
「んー? どういうつもりも何も、今の鮎佳には必要なことだと思ったから、行動させてもらったよ。それに、ぶっちゃけ、時期的にちょうどいいじゃん? それだけー」
「ちょうどいいって、そんな理由でっ……」
「第一、肝心の土岐くんが了承したんだから、今更ここで鮎佳がごちゃごちゃ言っても仕方ないのよ。クラスの皆の同意も得られてるんだから観念して頑張って? さーて、私は部活があるから、もう行きまーす。鮎佳もバスケ部の練習、早く行けばー?」
「あっ……待ちなさい! ひかるっ!」
私の呼びかけに立ち止まることなく、長身の後ろ姿は教室から出ていってしまう。ひらひらと片手を振ってみせながら、一度も振り向くことなく。
その態度で、充分伝わってくる。今日起きたことは、ひかるなりに私のためを思ってしてくれたことなんだって。
ううん、最初からわかってた。ただ、私がそれをすぐに受け入れるのが怖かっただけ。
「ぶっちゃけ、ちょうどいい、か……あの子、他に言いようがなかったのかしら。全く」
苦笑しながら、ひとりごちる。そして、ついさっき行われていたホームルームでの出来事に意識を向けた。
今日の議題は、十月下旬に開催される学園祭について。その執行役としての実行委員の選出に入った時、ひかるが手を挙げた。委員長が、立候補者と推薦の対象者、双方を募ったからだ。
『実行委員の適任者がいるので、推薦したいと思います。土岐くんと都築さん! お願いします!』
突然のことに私がうろたえている間に、委員長に意志を確認されたかーくんが、即、了承し。私も引き受けざるを得なくなった。
「あと三週間、か……」
部活に向かうため、廊下を早足で歩きながら呟く。
中間テストが終わり、二学期最大の行事、学園祭まで約三週間。それまでずっと、実行委員として、かーくんと行動を共にすることになる。
「はあぁ……」
今度は、大きな溜め息が零れ出た。
色々なことに忙殺されるだろう日々は、きっとあっという間に過ぎ去るだろう。
その限られた時間内に、かーくんへの気持ちにけりをつけなければいけない。ひかるが私に彼との『ふたりの時間』をくれた本当の理由は、きっとそのためだ。
「――ねぇ、歌鈴?」
バスケットアリーナに繋がる渡り廊下。通路脇の花壇の前で、おもむろに足を止める。秋風が頬を撫で、髪とスカートを軽くなびかせた。
「ひかるがね、私のために余計なお世話を焼いてくれてるの。要らぬお節介? 過保護? そんな感じの、あれよ」
さやさやと風に揺れるコスモスの淡紅色を目に映しながら、さっきよりも格段に明るい苦笑と溜め息が零れていく。
「ほんと、私の親友には困ったものだ。揃いも揃って、かなりな心配性なんだから」
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