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キミとふたり、ときはの恋。【第三話】

Summer Breeze【1−11】

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「涼香ちゃん、行くよー」
「はぁい」
 この後、図書室に行かれるという安倍先輩に視聴覚室の鍵の返却をお任せして、チカちゃんと向かうのは生徒会室。
 生徒会室も視聴覚室と同じ特別教室棟にある。視聴覚室が三階、生徒会室が二階。だから、階段をおりるだけの道のりだ。
 階段をおりながら軽く深呼吸してみて、やっと心臓が元通りになったことを確認できた。
 ついさっきまでは、まるでジェットコースターから降りた直後みたいに、緊張でドキドキしてたから。
 煌先輩と一緒にいて緊張することなんてないんだけど、さっきの息苦しさなら覚えがある。――あの七夕の夜だ。
 神社の水上橋で、『土岐が好きか?』って聞かれた時。あの時も煌先輩は私をじっと見て……それで私、なんだか息苦しくなったんだよね。
 そういえば、あの時も顎先に触れられてたような記憶があるわ。
 煌先輩って、ご自分の身長が高すぎるから、背が低い相手と話す時にあんな風にしちゃうのかしら?
 うわわ、それって、もし相手が煌先輩に好意を抱いてたら罪なお話よねぇ?
 差し出がましいようだけど、萌々ちゃんから注意しといてもらったほうがいいような気が……。
「――ね、涼香ちゃん。ちょっと聞いてもいい?」
「はい? なぁに?」
 二階の廊下を歩いてる途中、不意に立ち止まったチカちゃんに話しかけられた。
 それで気づいた。自分がずっと俯いてたことに。

「あのね、涼香ちゃんと花宮先輩って、すごく距離が近いよね。前に聞かせてもらった『昔の恩人さん』以上の親密さを感じるんだけど。その『昔』に何があったのか、チカに教えてもらうのは駄目?」
 そうして、チカちゃんが隣に居るのに物思いに沈んでいた私に、直球の質問が投げかけられた。
「あ……」
 過去に何があったのか。
「あの、えーと……」
 チカちゃんが私に質問してる。煌先輩が『私の恩人さん』になった理由を。
「駄目、じゃないよ」
 でも――。
「駄目じゃないけど……今日は、駄目……ごめんね?」
 だって私、奏人には『恩人さん』の話すらしてない。
 煌先輩の話題にならないことをいいことに、何も話してない。先輩のおじい様やおばあ様と知り合った経緯も、何も。
 けど、おばあ様のお見舞いに行くなら話さなくちゃいけないってことは、わかってる。
 でも実を言うと、その決心すら、まだついてない。奏人にどう話していいか、考えが全然まとまってないの。
 だから、今はチカちゃんにも何も言えない。

「ごめんね。チカちゃん」
「涼香ちゃん? チカが聞いたことで悩んでる?」
 ポンっと、肩に手が乗った。
「興味本位で聞いたわけじゃないんだけど、悩ませたならごめんね」
 視線を上げれば、綺麗な鳶色の瞳が、心配そうに覗き込んできていた。
「ただね、心配だっただけなんだよ? さっきも言ったけど、涼香ちゃんと花宮先輩って距離感が近いというか、ただの先輩後輩以上の親密さを感じるから気になったのもあるんだけど。涼香ちゃんが土岐くんの彼女だって知ってる他の人がその様子を見て誤解しなきゃいいな、とも思ってね」
 誤解?
 ちょっと眉を下げて、困ったように告げてきたチカちゃんの言葉。心配だ、と言ってくれたその内容は思ってもみないことだった。

「そっか。心配、してくれたのね」
 奏人の彼女である私が煌先輩と親しくしてると、誤解される恐れがあるってこと。それをチカちゃんは教えてくれた。
「チカちゃん。私」
 つき合ってる相手がいるのに異性と親しくしてると、そういう感想を抱く人もいるんだ。私、その可能性すら考えもしていなかった。けど――。
「誤解を招くようなこと、何もしてないよ? 煌先輩は、学校の先輩で萌々ちゃんのお兄さんで……それから、『恩人さん』なだけなの」
 私は、いろんなことから逃げてる、駄目な人間だ。でも、これだけははっきり言える。
「誰にも恥じるところはない。後ろめたいところもない」
 言い切れる。

「そう……うん……涼香ちゃんにとっては、そうなんだよね」
「え?」
「ううん、いいの。涼香ちゃんがブレてないなら、要らない心配だったね」
「あ、心配してくれたのは、すごく嬉しいよ。御礼言うの遅れちゃったけど、ありがと」
「ふふっ。チカは心配性なんだよ。気にしないで。――じゃ、行こ?」
「うん」
 茶目っ気のある笑みを浮かべたチカちゃんに促され、再び歩き始めた。
 突き当たりに生徒会室の扉が見える。初めて訪れる場所だ。副会長さんがわざわざ私にお願い事だなんて、いったい、どんなお話なのかしら?
 夏の陽射しが白銀色の光と色濃い影で彩ってる廊下を、少し緊張しながら歩みを進めていった。


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