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キミとふたり、ときはの恋。【第三話】
Summer Breeze【1−1】
しおりを挟む「あっ、見つけた。葵の花の歌っ」
我こそや 見ぬ人恋ふる 病すれ あふ日ならては 止む薬なし
(拾遺和歌集 巻十一・恋一・六六五番 詠み人知らず)
「えーと……私は、まだ逢ったことのない人に恋をする病を得ています。もう、その人に逢う日以外に、この病を止められる薬はないのです。んー、この訳でいいのかな?」
いまいち自信ないけど、これで合ってるかを確認できる相手がいないから仕方ない。
和歌に織り込まれた葵の花の話を聞かせてくれたその人は、今は海の彼方にいるのだから。
「この席も、隣に誰もいないと、見える景色まで違うみたい……変なの」
図書室の自習スペースは、夏休みのせいか利用者は少なくて、窓際のカウンターは私以外、誰も座っていない。
ここは、私と奏人の指定席。試験勉強をする時に、いつもふたりで座ってる場所。
「奏人……」
すぐ近くの城趾公園の木々が、強い陽射しの下で深い緑色を煌めかせているのを見やりながら、いつも隣に並んでこの景色を眺めていた人の名前を、つい呟いてしまっていた。
ひと呼吸つき、セーラー服の胸元に隠れているネックレスを布地の上からそっと押さえて、目を閉じる。
奏人。教えてくれた和歌、見つけたよ。でもね、その本には訳が載ってないの。
この歌を詠んだ人は、会ったこともない人に恋をしたんだって。なのに、その人に会えるまでは、まるで病気になったようにつらい気持ちになってるって言ってるの。
なら、私は? 奏人の顔も声も知ってる私は、どうしたらいいの?
一見、無愛想に見える表橋が優しく緩んだり、とろりと色っぽくなる瞬間を、知ってる。
少し高めの甘い声が私の名を呼ぶ時に、蕩けるようにかすれて鼓膜を震わせる瞬間も、知ってる。
あなたの温もりと熱を、穏やかさと激しさを知ってる私は、どうすればいい?
このネックレスが繋いでくれてる互いの星に、祈りを込めるしか、ないのかな? 『寂しい』という言葉だけは、絶対に口にしないと決めたから……。
「立葵は、あの辺かしら?」
城址公園の木々に埋もれて、いくら目を凝らしてもここからは見えない立葵。そろそろ盛りを過ぎるだろう、その花々のことを思う。
「恋の病に効く薬、かぁ。私の彼氏は、お花が咲いてる間に帰ってきてくれるかな?」
『葵』と『逢う日』の掛詞で表される、恋の苦しみの歌。もう一度、それを目に映し、ひとりごちる。
恋人と逢ってその顔を見ることができれば、逢えなかった間の苦しみなんてすぐに和らぐ? だから、葵の花は恋わずらいに効く薬?
うーん……顔が見られるだけで、それだけで苦しみが全部なくなるなんて、そんなこと……。
「涼香ちゃん、お待たせっ」
「チカちゃん! ううん、そんなに待ってないよ?」
カウンターに色白の手が乗り、同時に掛けられた明るい声の主を見上げれば、声よりなお明るい笑みが私に向けられていた。
ここで待ち合わせしていた相手、チカちゃんだ。
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