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キミとふたり、ときはの恋。【第二話】

立葵に、想いをのせて【8−13】

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「まずは、怪我の具合から話そうか」
 参道の曲がり角にある、境内の茶店。その前に設置された臨時の喫茶コーナー。そこで奏人から受け取ったオレンジジュースに口をつけながら、その声に耳を傾ける。
 私の希望通り、右手首にも印を刻んでくれた奏人に、『このままここで涼香の質問に答えてもいいけど、せっかくの祭りだし、当初の目的をまず果たそうか』と促されて、お話の続きをする前に拝殿で参拝を済ませた。
 池にかかっていた小さな太鼓橋を渡った先に、拝殿のすぐ横手に出る細い参道があったの。
 初めて来たのに境内の配置と道を熟知してる奏人に、本当にここのことをたくさん調べてくれてたんだと、嬉しくなった。
「怪我はね、足首の捻挫と打撲。体育館の用具室の整理をしてて脚立から落ちたんだ」
 あ、煌先輩から聞かされてた内容と同じだ。

「腰を打ってたし、歩けないから、俺が背中に乗せて保健室まで運んだよ。ここまでは、あの人から聞いたんでしょ?」
「……っ……う、うん」
 そっか。今日起きたことを私が知ってるってことは、情報源が煌先輩だって、すぐわかるんだよね。
 それに、おんぶで運んだんだ。奏人。
 それも嫌な気がするけど、でもお姫様抱っこじゃなくて良かったって思うことにしようかな。あ、でも――。
「えと、でも最初、武田くんが都築さんを運ぼうとしてたって……聞いた、よ?」
「うん、そうなんだけど……都築、普段は誰にも頼らずに何でもひとりでこなすヤツなんだけどさ。昔から困ったことが起こると、俺にしか頼らないんだ。それを知ってるから、俺もほっとけなくて……涼香は、こういうの、嫌?」
 真っ直ぐに向けられた、奏人の真摯な表情。その綺麗な嘘のない瞳に、返す言葉がすぐに出てこない自分が、ひどく情けなかった。
 しまった、と思った。『なんで武田くんのこと、聞いちゃったんだろう』って。
 その結果が、一番聞きたくて、でも聞かされたくなかったことに繋がった。『昔から』ってサラッと口に出された、奏人と都築さんの絆が窺える言葉に。

 ジュースのカップを持った右手に自然と左手が伸び、手首の裏側につけられた奏人の印に、そっと触れる。
 黙って右手を差し出した私に一瞬目を見開いた奏人だったけれど、直後にとろりと笑い、私の望みを叶えてくれた。――その痕に。
 大丈夫……大丈夫。
 触れながら言い聞かせて、少しだけ息を吸い込んでから、声を出した。
「えと……嫌か、嫌じゃないかで言えば……嫌」
 声が震えないように、ゆっくり静かに発した私の言葉に、真摯な表情を崩すことなく、でも何の反応もしない奏人。それが、私の言葉の続きを待ってくれている気がしたから、その後を続けた。
「思いやりのない返事しかできなくてごめんなさい。でも、幼なじみをほっとけない奏人のことは、嫌じゃないよ。ただ、その相手が女の子なら、その姿を見たくないの。万一見ちゃったら、嫌な気持ちになるってわかってるから」
 目を合わせたまま、淡々と、一気に言い切った。


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