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キミとふたり、ときはの恋。【第二話】
立葵に、想いをのせて【8−1】
しおりを挟む私を呼ぶ声に勢いよく振り向くと、浮見堂に足を踏み入れてくる長身が目に入った。
「奏人っ!」
「遅れてごめんね」
すぐさま立ち上がって、足早に近づいてきたスラッとした浴衣姿の正面に駆け寄れば、優しい声で謝罪の言葉がかけられた。
「もしかして、かなり待った?」
続けて眉を下げた表情で尋ねられて、慌てて首を振る。
来てくれた。顔が見られた。あぁ……嬉しい。
ついさっきまでこの人を想い、痛んでいた胸に片手をやりながら笑顔を浮かべると、ふっと笑った奏人がその手を包むように握り込み、そのまま視線を外した。
横顔が無表情に変わってゆき、平坦な声がそこから零れる。
「花宮先輩は、なぜ、こちらに?」
「散歩の途中だ。暇だから迷子のお守りをしてたけど保護者が来たから、もう帰るわ」
「まっ……」
迷子って! 保護者って!
あんまりな言われように声の主に顔を向ければ、その相手は既に私たちの横まで来ていた。
私を斜めに見下ろしながら「またな」と言った煌先輩は、奏人の横を通りすぎてから、いったん立ち止まる。前を向いたまま、「土岐」と、低い声が奏人にかけられた。
「ふたつ、言っとく。独りにさせるな。それから、――泣かせるな」
強く言い切られた最後の言葉に、私の手に重なっていた奏人の指に、きゅうっと力が込められた。
「あ……」
えと、煌先輩……奏人に『泣かせるな』って、言った?
「以上だ。じゃあな」
「えっ? あの、煌先輩っ?」
最後に奏人にだけ視線を向けたきり、そのまま歩き出した煌先輩は、私の呼びかけにはもう応えてはくれず、すたすたと水上橋を歩いていく。
待って! もう一度、御礼をっ!
それに、今の最後の言葉。このまま立ち去られたら、私……私が奏人が来る前に泣いてたってことが……あ、それはいいんだけど。
や、でもやっぱり駄目だよね?
ああぁ……でも、その件で先輩を呼び止めてみても仕方ないかも。何で泣いてたのかなんて、説明してもらうわけにいかないんだし。
あれ? えっと、結局私、どうしたらいいの? なんかもう色々ぐちゃぐちゃで、分かんない。
「……涼香」
そうだ。取りあえず、もう一度、御礼だけでも、ちゃんとしなきゃ。
「泣いたの?」
「えっ? あ、奏人、ちょっと待って。私、煌先輩にお話が……あっ……え?」
どんどん小さくなっていく煌先輩に向かって踏み出した足は、一歩しか進まなかった。肩を掴んできた奏人によって、引き留められたから。
「俺が質問してるんだよ。よそ見しないで、ちゃんと答えて。――なぁ、泣いたのか?」
くるんと向き直されて、鋭い言葉が降ってくる。
ぞんざいな口調に変わった低い声に、そこに込められた苛立ちがはっきりと感じられて、返す言葉を失った。
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