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キミとふたり、ときはの恋。【第二話】
立葵に、想いをのせて【7−6】
しおりを挟む「ばあさんのことを覚えててくれてたから、そんな顔してんだろ? 俺のほうこそ、こんな話聞かせて悪かったな」
「あ、いえ」
正直、ショックだった。一度しかお会いしてないけれど、煌先輩のおばあ様のことは、よく覚えてる。痛みをともなう記憶とともに、その後、何度か思い出したから。
でも煌先輩は、おばあ様の現状を言葉を濁したりせずに、敢えてありのままを私に伝えてくれた。
そこに、先輩の強さと優しさを感じるから。だから、黙って首だけ振った。
「ばあさんさ。入院する前、お前のこと、何度か口に出してたぞ。『あの子、ちゃんと笑ってるかしら』ってな」
「おばあ様、が?」
おばあ様も私のこと、思い出してくださってたの?
ジョークを連発するおじい様の横でニコニコと微笑まれてたお姿がハッキリと思い出されて、胸が詰まった。
「あぁ。あ、心配すんな。この前ちゃんと報告したから。『毎日楽しそうにしてるぞ』って。だから、そんな顔すんな」
「はい」
真っ直ぐな視線。鋭い印象の切れ上がった目元が私を見下ろして、視線が絡む。
その視線だけで、そこに縫い止められたように感じた。
何か言いたげな、何かを語りかけてきてるような雄弁なその瞳が気になって、私もただ見つめ返す。声を発したらいけないような、そんな気がしたから。
お互いに黙ったままの時間。密度の濃いその空気に、周りの雑踏が消えかけたような錯覚に陥りかけたその時、煌先輩がゆっくりと視線を外した。
「行くか」
「あ、はい」
小さくひとつ息をついてから静かに促され、向きを変えた先輩のシャツの裾を慌てて摘まみ直した。
それを確認し、もう一度私の顔を見てから、先輩が一歩を踏み出していく。
「悪かったな。こんな祭りの日に、言うことじゃなかった。俺のせいで楽しい気分が台無しだよな。悪い」
「そんなことっ、私、全然っ」
「けど、お前に聞いてもらいたかった。つか、知っててもらいたかったんだ。俺の都合で、わりぃけど」
私の歩幅に合わせて歩いてくれる煌先輩の横顔は、さっきからずっと、少し上向きだ。
私に話しかけていても、その瞳は菫色に瞬き出した星空を見ていた。
「あそこは、本当に大事な場所だったからな」
ごくごく小さな声。聞かせようとしたわけじゃないだろう、ほんのかすかな呟きが、雑踏をくぐり抜け、私の耳まで届いてきた。
……あ。
その瞬間、煌先輩のおばあ様の言葉が、唐突に思い出された。本当に、突然。
――あの子はね、ここにしか居場所がないのよ。
煌先輩が、ご家族と離れて千葉のおじい様方と暮らしてた理由。お父さまに疎まれてるから、だってことを。
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