キミとふたり、ときはの恋。【立葵に、想いをのせて】

冴月希衣@商業BL販売中

文字の大きさ
上 下
56 / 85
キミとふたり、ときはの恋。【第二話】

立葵に、想いをのせて【7−6】

しおりを挟む



「ばあさんのことを覚えててくれてたから、そんな顔してんだろ? 俺のほうこそ、こんな話聞かせて悪かったな」
「あ、いえ」
 正直、ショックだった。一度しかお会いしてないけれど、煌先輩のおばあ様のことは、よく覚えてる。痛みをともなう記憶とともに、その後、何度か思い出したから。
 でも煌先輩は、おばあ様の現状を言葉を濁したりせずに、敢えてありのままを私に伝えてくれた。
 そこに、先輩の強さと優しさを感じるから。だから、黙って首だけ振った。
「ばあさんさ。入院する前、お前のこと、何度か口に出してたぞ。『あの子、ちゃんと笑ってるかしら』ってな」
「おばあ様、が?」
 おばあ様も私のこと、思い出してくださってたの?
 ジョークを連発するおじい様の横でニコニコと微笑まれてたお姿がハッキリと思い出されて、胸が詰まった。
「あぁ。あ、心配すんな。この前ちゃんと報告したから。『毎日楽しそうにしてるぞ』って。だから、そんな顔すんな」
「はい」
 真っ直ぐな視線。鋭い印象の切れ上がった目元が私を見下ろして、視線が絡む。
 その視線だけで、そこに縫い止められたように感じた。

 何か言いたげな、何かを語りかけてきてるような雄弁なその瞳が気になって、私もただ見つめ返す。声を発したらいけないような、そんな気がしたから。
 お互いに黙ったままの時間。密度の濃いその空気に、周りの雑踏が消えかけたような錯覚に陥りかけたその時、煌先輩がゆっくりと視線を外した。
「行くか」
「あ、はい」
 小さくひとつ息をついてから静かに促され、向きを変えた先輩のシャツの裾を慌てて摘まみ直した。
 それを確認し、もう一度私の顔を見てから、先輩が一歩を踏み出していく。
「悪かったな。こんな祭りの日に、言うことじゃなかった。俺のせいで楽しい気分が台無しだよな。悪い」
「そんなことっ、私、全然っ」
「けど、お前に聞いてもらいたかった。つか、知っててもらいたかったんだ。俺の都合で、わりぃけど」
 私の歩幅に合わせて歩いてくれる煌先輩の横顔は、さっきからずっと、少し上向きだ。
 私に話しかけていても、その瞳は菫色に瞬き出した星空を見ていた。
「あそこは、本当に大事な場所だったからな」
 ごくごく小さな声。聞かせようとしたわけじゃないだろう、ほんのかすかな呟きが、雑踏をくぐり抜け、私の耳まで届いてきた。
 ……あ。
 その瞬間、煌先輩のおばあ様の言葉が、唐突に思い出された。本当に、突然。
 ――あの子はね、ここにしか居場所がないのよ。
 煌先輩が、ご家族と離れて千葉のおじい様方と暮らしてた理由。お父さまに疎まれてるから、だってことを。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クルーエル・ワールドの軌跡

木風 麦
青春
 とある女子生徒と出会ったことによって、偶然か必然か、開かなかった記憶の扉が、身近な人物たちによって開けられていく。  人間の情が絡み合う、複雑で悲しい因縁を紐解いていく。記憶を閉じ込めた者と、記憶を糧に生きた者が織り成す物語。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

されど服飾師の夢を見る

雪華
青春
第6回ライト文芸大賞 奨励賞ありがとうございました! ――怖いと思ってしまった。自分がどの程度で、才能があるのかないのか、実力が試されることも、他人から評価されることも―― 高校二年生の啓介には密かな夢があった。 「服飾デザイナーになりたい」 しかしそれはあまりにも高望みで無謀なことのように思え、挑戦する前から諦めていた。 それでも思いが断ち切れず、「少し見るだけ」のつもりで訪れた国内最高峰の服飾大学オープンカレッジ。 ひょんなことから、学園コンテストでショーモデルを務めることになった。 そこで目にしたのは、臆病で慎重で大胆で負けず嫌いな生徒たちが、己の才能を駆使してステージ上で競い合う姿。 それでもここは、まだ井戸の中だと先輩は言う―――― 正解も不正解の判断も自分だけが頼りの世界。 才能のある者達が更に努力を積み重ねてしのぎを削る大きな海へ、船を出す事は出来るのだろうか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

花霞にたゆたう君に

冴月希衣@商業BL販売中
青春
【自己評価がとことん低い無表情眼鏡男子の初恋物語】 ◆春まだき朝、ひとめ惚れした少女、白藤涼香を一途に想い続ける土岐奏人。もどかしくも熱い恋心の軌跡をお届けします。◆ 風に舞う一片の花びら。魅せられて、追い求めて、焦げるほどに渇望する。 願うは、ただひとつ。君をこの手に閉じこめたい。 表紙絵:香咲まりさん ◆本文、画像の無断転載禁止◆ No reproduction or republication without written permission 【続編公開しました!『キミとふたり、ときはの恋。』高校生編です】

処理中です...