上 下
50 / 85
キミとふたり、ときはの恋。【第二話】

立葵に、想いをのせて【6.5−14】side奏人

しおりを挟む



「ふぅ……」
 いつの間にかスケッチの手が止まってしまっていた。それに気づき、小さな溜め息を零す。
 胸の奥に、重苦しいおもりのようなモノを抱えてしまった。それにも気づいてる。
 眼下に見える石垣に目を凝らして、その向こうに、ここからは見えない立葵の真っ直ぐ天に向かって伸びる姿を思い浮かべた。
 涼香が教えてくれた立葵の花言葉。熱烈な恋。
 それになぞらえるつもりはないが、どんな感情に振り回されても、俺の気持ちは真っ直ぐ変わらない。それも、ちゃんと自覚できてる。
 君が好きだ。とても。
 だから、誰にも渡さない。決して。

「よっしゃーっ! やるか! 土岐! 今日のパス練、俺と組んでくれよ。なっ!」
「あぁ」
 放課後のバスケ部部室。美術の時間にうだうだと反省会をやっていた武田だったが、もう切り替えられたのか、やる気満々の表情で着替え始めている。
「ふーん。武田、えらくやる気に満ちてるじゃん。何なら、俺がパス練ヤッてやるけど?」
「え、高階が? ……えーと、き、今日は遠慮しときます。俺、土岐とがいい」
「何、その断り方。俺じゃ不満なわけ? 武田のくせにムカつくー」
「や、最近の高階、なんか色っぽくて凄みあるからさ。『パス練やる』が、別の殺(ヤ)るになる気がして怖い」
「は? なっ、何、言ってんの? 馬鹿? お前、馬鹿なの? ふざけたこと言うヤツには、これだな。おい常陸、押さえててくれ」
「はいよ。武田、観念しろ」
「うわっ、離せよ。常陸! 裏切り者! あっ、高階、やめっ……ぎゃはははははっ!」
「お前ら、うるさいぞ。着替える間くらい大人しく出来ないのか?」
 今、たまたま上級生がいないからって、羽目を外しすぎだろうが。
 しかも、うるさいだけじゃなく、全員が上半身裸のまま絡み合ってて、見た目にも暑苦しい。
「ぎゃはっ! し、死ぬ! 土岐、助けてっ!」
 常陸に羽交い締めされ、さらに高階にくすぐられ中の武田が助けを求める声に、部室のドアをノックする音が重なって聞こえてきた。
 迷わず、武田が伸ばしてきた手をスルーし、ドアに向かう。
「都築? どうした?」
 走ってきたのか、少し息が上がったまま部室内を覗き込んだ都築が、早口で告げてきた。
「あ、良かった。ふたりとも着替え終わってて。土岐くんと一色くん、橘先生がお呼びだからミーティングルームまで行ってくれる?」
 監督が? ポイントガードである高階とならともかく、一色と呼ばれるのは初めてだ。何の用件だろう。
「わかった。すぐに行く」
 都築に返答し、背後に目をやった。高階に着せるためのTシャツを片手に、騒いでる三人を止めようとしていた一色に視線を止める。
「一色、行くぞ。高階もその辺でやめとけ。練習準備があるだろう?」
 ドアの外に出ながら告げ、すぐに出てきた一色と並んでミーティングルームに向かった。
 都築は、有馬キャプテンと花宮先輩も呼びに行くのだと、また走っていった。このメンバーだと、昨日の敗戦についての話だろうか。それなら昨日のうちに部員全員でミーティングを終えているんだが。
 まぁ、いい。行けばわかることだ。
 そう断じて、歩く足を早めた。

「――では、失礼します」
「おぉ、お前らには期待してるんだ。頼んだぞ」
 有馬キャプテンを残して、一色とふたり、先にミーティングルームから出た。同じく呼ばれたはずの花宮先輩は、まだ来ていない。
 橘先生の話は、昨日の試合やフォーメーションについてなどの込み入ったものでは一切なく、簡潔に終わった。
 だが、予想だにしない、意外なものではあった。
 体育館に向かうためにピロティを抜ける。途端に身体に纏わりつく蒸し暑さにかすかに眉が寄り、同時に小さく溜め息が漏れた。
 まさか、このタイミングでこんな話をされるとは思ってもみなかった。さて、どうするか……。
「土岐」
「何だ?」
 体育館の手前の渡り廊下まで来たところで、それまで無言だった一色が話しかけてきた。
「お前、受けるのか? この話」
 歩きながら、どうしたものかと悩んでいたが、一色も俺と同様だったようだ。
 しかし悩んではみたものの、結局、答えはひとつなのだということも分かってはいたんだ。
「受けない選択はない。それは、お前もだろ?」
「あぁ……まぁな」
 俺がきっぱり告げると、一色が数回小さく頷きながら返事をしてきた。その仕草は、まるで自分で自分を納得させているように見える。
 わかるぞ。俺も、今そんな心境だ。
 この話は、受ける。だが、心中では悩み続ける。たぶん。
 昨日の花宮先輩からのプレッシャーは、やはりきつい。
 さて、こうなってみれば、次の課題だ。涼香に、いつ言おう?
 ゆっくり話すなら、今週の土曜日。夏祭りに出かけた時、だろうか。
 いや、あんなに夏祭りを楽しみにしてくれてるんだ。そんな時に言いにくい。
 それに、今は心が乱れてる自覚がありすぎて、たぶん言えないだろうことにも、本当は気づいている。
 いや……うん、それでいいんだ。俺たちにとって、ひさしぶりのデートになるんだから。
 涼香と、たくさん笑って過ごしたい。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夏の出来事

ケンナンバワン
青春
幼馴染の三人が夏休みに美由のおばあさんの家に行き観光をする。花火を見た帰りにバケトンと呼ばれるトンネルを通る。その時車内灯が点滅して美由が驚く。その時は何事もなく過ぎるが夏休みが終わり二学期が始まっても美由が来ない。美由は自宅に帰ってから金縛りにあうようになっていた。その原因と名をす方法を探して三人は奔走する。

ライオン転校生

散々人
青春
ライオン頭の転校生がやって来た! 力も頭の中身もライオンのトンデモ高校生が、学園で大暴れ。 ライオン転校生のハチャメチャぶりに周りもてんやわんやのギャグ小説!

花待つ、春のうた

冴月希衣@商業BL販売中
青春
「堅物で融通が利かなくて、他人の面倒事まで背負い込む迂闊なアホで、そのくせコミュニケーション能力が絶望的に欠けてる馬鹿女」 「何それ。そこまで言わなくてもいいじゃない。いつもいつも酷いわね」 「だから心配なんだよ」 自己評価の低い不器用女子と、彼女を全否定していた年下男子。 都築鮎佳と宇佐美柊。花待つ春のストーリー。 『どうして、その子なの?』のその後のお話。 ◆本文、画像の無断転載禁止◆ No reproduction or republication without written permission.

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

〖完結〗インディアン・サマー -spring-

月波結
青春
大学生ハルの恋人は、一卵性双生児の母親同士から生まれた従兄弟のアキ、高校3年生。 ハルは悩み事があるけれど、大事な時期であり、年下でもあるアキに悩み事を相談できずにいる。 そんなある日、ハルは家を出て、街でカウンセラーのキョウジという男に助けられる。キョウジは神社の息子だが子供の頃の夢を叶えて今はカウンセラーをしている。 問題解決まで、彼の小さくて古いアパートにいてもいいというキョウジ。 信じてもいいのかな、と思いつつ、素直になれないハル。 放任主義を装うハルの母。 ハルの両親は離婚して、ハルは母親に引き取られた。なんだか馴染まない新しいマンションにいた日々。 心の中のもやもやが溜まる一方だったのだが、キョウジと過ごすうちに⋯⋯。 姉妹編に『インディアン・サマー -autumn-』があります。時系列的にはそちらが先ですが、spring単体でも楽しめると思います。よろしくお願いします。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

私のなかの、なにか

ちがさき紗季
青春
中学三年生の二月のある朝、川奈莉子の両親は消えた。叔母の曜子に引き取られて、大切に育てられるが、心に刻まれた深い傷は癒えない。そればかりか両親失踪事件をあざ笑う同級生によって、ネットに残酷な書きこみが連鎖し、対人恐怖症になって引きこもる。 やがて自分のなかに芽生える〝なにか〟に気づく莉子。かつては気持ちを満たす幸せの象徴だったそれが、不穏な負の象徴に変化しているのを自覚する。同時に両親が大好きだったビートルズの名曲『Something』を聴くことすらできなくなる。 春が訪れる。曜子の勧めで、独自の教育方針の私立高校に入学。修と咲南に出会い、音楽を通じてどこかに生きているはずの両親に想いを届けようと考えはじめる。 大学一年の夏、莉子は修と再会する。特別な歌声と特異の音域を持つ莉子の才能に気づいていた修の熱心な説得により、ふたたび歌うようになる。その後、修はネットの音楽配信サービスに楽曲をアップロードする。間もなく、二人の世界が動きはじめた。 大手レコード会社の新人発掘プロデューサー澤と出会い、修とともにライブに出演する。しかし、両親の失踪以来、莉子のなかに巣食う不穏な〝なにか〟が膨張し、大勢の観客を前にしてパニックに陥り、倒れてしまう。それでも奮起し、ぎりぎりのメンタルで歌いつづけるものの、さらに難題がのしかかる。音楽フェスのオープニングアクトの出演が決定した。直後、おぼろげに悟る両親の死によって希望を失いつつあった莉子は、プレッシャーからついに心が折れ、プロデビューを辞退するも、曜子から耳を疑う内容の電話を受ける。それは、両親が生きている、という信じがたい話だった。 歌えなくなった莉子は、葛藤や混乱と闘いながら――。

処理中です...