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キミとふたり、ときはの恋。【第二話】
立葵に、想いをのせて【6.5−14】side奏人
しおりを挟む「ふぅ……」
いつの間にかスケッチの手が止まってしまっていた。それに気づき、小さな溜め息を零す。
胸の奥に、重苦しいおもりのようなモノを抱えてしまった。それにも気づいてる。
眼下に見える石垣に目を凝らして、その向こうに、ここからは見えない立葵の真っ直ぐ天に向かって伸びる姿を思い浮かべた。
涼香が教えてくれた立葵の花言葉。熱烈な恋。
それになぞらえるつもりはないが、どんな感情に振り回されても、俺の気持ちは真っ直ぐ変わらない。それも、ちゃんと自覚できてる。
君が好きだ。とても。
だから、誰にも渡さない。決して。
「よっしゃーっ! やるか! 土岐! 今日のパス練、俺と組んでくれよ。なっ!」
「あぁ」
放課後のバスケ部部室。美術の時間にうだうだと反省会をやっていた武田だったが、もう切り替えられたのか、やる気満々の表情で着替え始めている。
「ふーん。武田、えらくやる気に満ちてるじゃん。何なら、俺がパス練ヤッてやるけど?」
「え、高階が? ……えーと、き、今日は遠慮しときます。俺、土岐とがいい」
「何、その断り方。俺じゃ不満なわけ? 武田のくせにムカつくー」
「や、最近の高階、なんか色っぽくて凄みあるからさ。『パス練やる』が、別の殺(ヤ)るになる気がして怖い」
「は? なっ、何、言ってんの? 馬鹿? お前、馬鹿なの? ふざけたこと言うヤツには、これだな。おい常陸、押さえててくれ」
「はいよ。武田、観念しろ」
「うわっ、離せよ。常陸! 裏切り者! あっ、高階、やめっ……ぎゃはははははっ!」
「お前ら、うるさいぞ。着替える間くらい大人しく出来ないのか?」
今、たまたま上級生がいないからって、羽目を外しすぎだろうが。
しかも、うるさいだけじゃなく、全員が上半身裸のまま絡み合ってて、見た目にも暑苦しい。
「ぎゃはっ! し、死ぬ! 土岐、助けてっ!」
常陸に羽交い締めされ、さらに高階にくすぐられ中の武田が助けを求める声に、部室のドアをノックする音が重なって聞こえてきた。
迷わず、武田が伸ばしてきた手をスルーし、ドアに向かう。
「都築? どうした?」
走ってきたのか、少し息が上がったまま部室内を覗き込んだ都築が、早口で告げてきた。
「あ、良かった。ふたりとも着替え終わってて。土岐くんと一色くん、橘先生がお呼びだからミーティングルームまで行ってくれる?」
監督が? ポイントガードである高階とならともかく、一色と呼ばれるのは初めてだ。何の用件だろう。
「わかった。すぐに行く」
都築に返答し、背後に目をやった。高階に着せるためのTシャツを片手に、騒いでる三人を止めようとしていた一色に視線を止める。
「一色、行くぞ。高階もその辺でやめとけ。練習準備があるだろう?」
ドアの外に出ながら告げ、すぐに出てきた一色と並んでミーティングルームに向かった。
都築は、有馬キャプテンと花宮先輩も呼びに行くのだと、また走っていった。このメンバーだと、昨日の敗戦についての話だろうか。それなら昨日のうちに部員全員でミーティングを終えているんだが。
まぁ、いい。行けばわかることだ。
そう断じて、歩く足を早めた。
「――では、失礼します」
「おぉ、お前らには期待してるんだ。頼んだぞ」
有馬キャプテンを残して、一色とふたり、先にミーティングルームから出た。同じく呼ばれたはずの花宮先輩は、まだ来ていない。
橘先生の話は、昨日の試合やフォーメーションについてなどの込み入ったものでは一切なく、簡潔に終わった。
だが、予想だにしない、意外なものではあった。
体育館に向かうためにピロティを抜ける。途端に身体に纏わりつく蒸し暑さにかすかに眉が寄り、同時に小さく溜め息が漏れた。
まさか、このタイミングでこんな話をされるとは思ってもみなかった。さて、どうするか……。
「土岐」
「何だ?」
体育館の手前の渡り廊下まで来たところで、それまで無言だった一色が話しかけてきた。
「お前、受けるのか? この話」
歩きながら、どうしたものかと悩んでいたが、一色も俺と同様だったようだ。
しかし悩んではみたものの、結局、答えはひとつなのだということも分かってはいたんだ。
「受けない選択はない。それは、お前もだろ?」
「あぁ……まぁな」
俺がきっぱり告げると、一色が数回小さく頷きながら返事をしてきた。その仕草は、まるで自分で自分を納得させているように見える。
わかるぞ。俺も、今そんな心境だ。
この話は、受ける。だが、心中では悩み続ける。たぶん。
昨日の花宮先輩からのプレッシャーは、やはりきつい。
さて、こうなってみれば、次の課題だ。涼香に、いつ言おう?
ゆっくり話すなら、今週の土曜日。夏祭りに出かけた時、だろうか。
いや、あんなに夏祭りを楽しみにしてくれてるんだ。そんな時に言いにくい。
それに、今は心が乱れてる自覚がありすぎて、たぶん言えないだろうことにも、本当は気づいている。
いや……うん、それでいいんだ。俺たちにとって、ひさしぶりのデートになるんだから。
涼香と、たくさん笑って過ごしたい。
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