キミとふたり、ときはの恋。【立葵に、想いをのせて】

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キミとふたり、ときはの恋。【第二話】

立葵に、想いをのせて【6.5−13】side奏人

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 一週間後。
「なぁ、土岐ぃ。やっぱ俺のせいかなぁ?」
「違う」
「あそこは、いったん戻すべきだったんじゃねぇかなぁ、有馬キャップに」
「違う。それと、そろそろ私語は慎め」
「けどさぁ、サイドに宮様がいたから安心して突っ込んじまったんだよなー。でも、それでスティールされて逆に追加点入れられたんだから、俺のせいで負けたんじゃね? うあああぁぁ、最悪ぅぅ」
 ――ガシャン、ガシャン、ガシャン
「おい、人の話はちゃんと聞け。それからフェンスを揺らすな、馬鹿。授業中だぞ」
「武田くん、どうしました? 気分でも悪いんですか?」
 ほら、バレた。白石先生が心配そうに近寄ってくる。
 今は美術の授業中。屋上で風景デッサンにいそしむはずが、武田の反省会に付き合わされて散々だ。
 確かにインハイ出場をかけた大事な試合だったが、反省点があるのは何も武田ひとりに限ったことじゃない。
「あっ、あかりちゃーん! 俺さ、俺さっ、昨日大事な試合で負けちゃったんだよぉ。でもさっ、その悔恨の情をこの作品にぶつけまくるからさっ! ちゃんと採点頼むなっ!」
「え? あ……はい、わかりました。えーと、頑張ってくださいね?」
「うん! 俺、頑張る!」
 白石先生が笑顔で去っていった。武田に注意もせずに。
 いや、先生が天然で良かったと思うことにしよう。それに、武田が無言でデッサンに取り組み始めたから、さらに良しとしよう。

 それにしても武田。『悔恨の情』をぶつけまくった風景デッサンって、どんなのだ?
 下描きに集中し始めた武田の横顔から、自分の構図の景色に視線を戻した。
 校庭の向こうに広がる城址公園。涼香とともに見上げながら歩く木々の緑も石垣も、今は目線の下だ。
 が、彼女がいつも嬉しそうに見つめる立葵は、ここからは見えない。残念なことに。
「はぁ……」
 その時の涼香の表情を思い浮かべたはずなのに、ふと気づけば、無意識に溜め息が零れ出ていた。
 昨日、試合会場で花宮先輩と交わした会話が頭にこびりついているせいだろうか。

「――奏人っ、頑張ってね!」
 試合の応援に来てくれた涼香が客席の最前列まで下りてきて、俺に手を振ってくれた。
 軽く手を上げてそれに応えた俺にもう一度笑顔で手を振り返してくれたが、ふと誰かに気づいたように目線を流した涼香が、そちらに頭を下げた。声は聞こえなかったが、その口が『頑張ってください』と動いたように見えた。
 その後、最前列から上部の自分の席へと秋田と戻っていく後ろ姿を見つめていた俺に、涼香のその会釈の相手が声をかけてきた。珍しく、向こうのほうから。
 そして、その視線は俺と同じ方向に向いていた。
「土岐。俺、やっぱアイツのこと気に入ってるっぽいわ。面白ぇし」
「……俺の女です」
「関係ない。誰の女でもな。俺はアイツを気に入ってる。それだけだ」
 俺より二歩ほど前に立つ横顔を見つめ返した。信じられない思いで。
 言われた内容もだが、それをわざわざ俺に聞かせたということが、だ。
 バスケ以外には冷めた態度と言動しか見たことがない、あの花宮先輩が。自分から声をかけてきてまで告げてきた。まるで、宣言するように。
 だからか。一瞬、返す言葉に詰まってしまった。
 今思えば、胸に渦巻く思いが複雑すぎたせいだとわかるが、この時の俺は、いったん踵を返しかけた先輩がまた振り向いて、もうひと言つけ加えるのを黙って聞くだけだった。
「俺は、アイツの泣き顔しか知らなかったからな。だから、それ以外の表情を知るのが楽しい。それだけだ。――今は、な」

 涼香の気持ちを疑うことはない。あの子が想いを告げてくれるのも、頬を染めて見上げてくれるのも俺だけだということは、ちゃんとわかっている。
 が、無防備な可愛らしい笑みを花宮先輩に向けている現場を見てしまっているのも事実だ。
 一昨日、救命講習会の会場に涼香を迎えに行った時。エレベーターのドアが開いて彼女が俺に気づく前のほんの刹那、先輩に向けていた、穏やかで心を許したような笑顔。あの笑みが、頭から離れてくれない。
 ねぇ? 君、花宮先輩の前で、どんな風に泣いてたの?
 涼香の涙なら、俺も知ってる。つい先週も、俺のせいで泣かせてしまったばかりだ。
 それに、彼女は泣き虫ではないが涙もろい面があるから、スポーツを懸命に頑張る選手にエールを送りながら涙ぐんでる姿もよく目にする。
 が、花宮先輩の言いようから察すれば、そういう場面では、きっとない。
 なぁ、何があった? そう俺が聞いたら、君は教えてくれる?
 こんな風にモヤモヤするのは、自分が少なからずショックを受けているからだとわかる。『君の涙しか知らない』なんて、そんな過去を涼香が花宮先輩と共有してること、じゃない。
 彼女がそれを俺に話してくれていない、ということに、だ。


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