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キミとふたり、ときはの恋。【第二話】

立葵に、想いをのせて【5−4】

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「お前、何してんの?」
「え、待ち合わせを……あの、煌先輩こそ、どうしてここに?」
「ふーん」
 短い言葉の後、私の質問には答えないまま、隣にドカッと腰掛けた先輩。それきり、無言が続く。
 あれ? 何か……私から喋ったほうがいい、のかな?
「えと、先輩?」
「向かいのコンビニにいたら、他のヤツらがビルから出てくるのが見えて。でも、お前が居なかったから」
 そこで、会話が途切れた。
 うーん。でもこれって、私の姿が見えないから心配して様子を見にきてくれたってこと、でいいのかな?
 煌先輩の優しさ、なんだよね? 口数は少ないし態度も素っ気ないから、わかりにくいけど。
「あの、ありがとうございます。でも、あと少しなので……」
「いつも楽しそうにしてるな、お前」
「え?」
 心配かけたみたいだけど、あと少しだからひとりでも大丈夫と伝えようとしたら、思ってもみない言葉。えーと、どう反応したらいいの?
「俺は、お前の泣き顔しか知らないからな。だから、萌々や他のヤツらと楽しそうにしてるのを見かけると、なんか新鮮で……面白いっていうか、ホッとするっていうか……」
「あ……」
 そっか。私、『あの時』、ずっと泣いてたから……。
 煌先輩の言葉で、昔の記憶が一気に蘇る。鮮明に。オレンジ色の夕陽の中で差し出された、煌先輩の手。
『泣くな。泣いても仕方ないことで、泣くな。そんな暇があったら――』
 少し乱暴な口調で叱って…………励ましてくれた。
 記憶の中の、険しい表情。流れる黒髪から覗く、刻まれた眉間のしわと鋭い目。
「私……そんなに、笑ってる、かな?」
 今も同じ印象を見せるその人に、ぽつんと、問いかけてみる。

「そうだな。笑ってるぞ、いつも」
 私も煌先輩も、目線は合わせない。
「そう……うん、そうね。だって、本当に毎日が楽しいから。――私、祥徳に来て良かった」
「だろうな」
 お互い正面を向いたままの会話。一見素っ気ないそれは、でも不思議と居心地が良い。
 目線は合わせていないけれど、二人ともが、同じ『夕陽の色』を見ている。そんな確信が、あった。
 それは私にとって、いまだに痛みをともなう記憶でもあるけど。こんな風にも思い出せるんだよってことを、泣いてばかりだったあの頃の自分に教えてあげたい。そう、思った。
 あの夕暮れを、こんな風に思い出せるなんて……ん? あれ? 私、ものすごーく雰囲気に浸っちゃってるけど、何か違和感がある、ような……?
「ああぁぁっ!」
「何だっ?」
「たっ、大変! 私! さっきから煌先輩に敬語使ってないわ……じゃなくて、使ってませんでしたっ!」
 うわわわ、どうしよう! すっかり気が緩んじゃってたけど、これはまずいんじゃない?
「何だ、そんなことか。驚かすなよ。タメ口なら、ウォーキングラリーの時も、そうだったぞ。お前」
「え、ほんと?」
 それはそれで、問題よね、私ってば。でも取りあえず、ここで話題転換をしとこうかしら。
「あの、そういえば煌先輩のおじい様とおばあ様は、今どうされて……」
 ――ピンポーン
「涼香」
「あ、奏人っ」
 叫んだ弾みで煌先輩のほうを向いた私の視線の先で、エレベーターの到着音。ゆっくりと開くドアから聞こえてきた奏人の声に、思わず立ち上がっていた。
 来てくれた!


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