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キミとふたり、ときはの恋。【第二話】

立葵に、想いをのせて【3−9】

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 誰? 私より先に……誰、が?
「奏人くんのほうはね? いつも通りっていうか、普段通りの接客態度だったんだけど。彼、表情が読めないところがあるでしょ?」
 あ、あれ? 声が……。
「あとの二人の女の子たちも、彼にキャーキャー言ってベタベタ触ってたし。彼女が友達連れて来たんだなぁって、単純に思ってたのよ」
 あずさお姉さんの声が、上手く聞き取れない。
 耳が何かで覆われたみたいだ。こんなに近くで話してくれてるのに。
 遠くから聞こえてくるみたいなお姉さんの声に耳を傾けながら、接客中の奏人の姿を探して、目線で捉えた。
 ついさっきまで私に笑いかけてた口元を。触れてくれてた指を。その奏人を学生さんたちがじっと見てるのも、視界に入れた。
「こんなこと言うの、お節介だとは思ったんだけど……でも、彼女なら気になるかなと思って。その女の子。彼のこと、下の名前で呼んでたし」
「あ……」
 下の……名前、で?
 やだ。
 だって、下の名前は。奏人を『奏人』って呼ぶのは……。
「でも、その白シャツ見たら、彼の本気の相手が涼香ちゃんだってことは、ひと目でわかるから」
 あずさお姉さんが立ち上がって、その肩の向こうに見えてた奏人の姿が、私の視界から消えた。
「私はそこまで心配してないんだけど、一応彼女としては知っておいたほうがいいもんね。でも余計なことだったなら、ごめんね?」
 声が出せない。けれど、申し訳なさそうに眉を下げてくるお姉さんには、ふるふると首だけを振って返した。
 大丈夫、と。気にしてない、と。強がって、返した。

「涼香ちゃん?」
 あずさお姉さんが注文を復唱して立ち去った後、チカちゃんに顔を覗き込まれた。声を落として話してたけど、お姉さんの言葉は、隣にいたチカちゃんには聞こえてたんだろう。
「チカちゃーん」
 チカちゃんに強がるなんて、無理。その手を探し当てて、きゅっと握った。
「涼香ちゃん、大丈夫だよ。チカが言う『大丈夫』の意味は、涼香ちゃんが一番よく分かってるでしょ?」
 ふわっと、包み込むような笑みが返ってきた。握り返してくれた手も同じように温かくて、喉の奥が熱くなる。
 チカちゃんの言う『大丈夫』の意味。
「うん、わかってる。私、ちゃんとわかってるよ」
 そう。奏人の気持ちを疑ってなんか、ない。ただ――。
「でもね? 先週のことだったなら、どうして奏人は、そのことを私に教えてくれなかったのかな?」
 熱くなった喉から、ぽつりと、呟くように言葉が零れ出ていた。
 独り言、だったけれど。本当なら、これくらいのことは自分の胸に納めておくこと、なんだろうけど。相手がチカちゃんだから、せり上がってくるものを無理やり飲み込んで、正直に口に出していた。
「涼香ちゃん? それはね、涼香ちゃんが直接土岐くんに聞くべきこと、だよ?」
「私、が?」
「そう。この後、一緒に帰る約束してるんでしょ? 涼香ちゃんが聞きたいことを、そのまま素直に口にすればいいだけなんだから、頑張って」
「うん……うん」
 そうだね。『今日は午後五時までのシフトだから、それまで店にいてくれる? 一緒に帰ろう』って、奏人のほうから誘ってくれたんだった。
「チカちゃん、ありがと」
 握り合った手に力を込めれば、「絶対大丈夫だから、頑張って」と、きゅっと握り返された。
 私との時間を大事にしてくれてる奏人なのに、勝手に不安になってちゃ駄目よね? 私、ちゃんとお話してみる!


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