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キミとふたり、ときはの恋。【第二話】
立葵に、想いをのせて【3−3】
しおりを挟む「奏人くん。こっち、お願い」
「はい。じゃ、注文が決まったら呼んで?」
たぶん中野さんと思われる人に呼ばれた奏人が、お仕事モードのお顔に切り替えて私たちに背を向けた。
カウンターから出来上がったお料理を運んだり、オーダーの追加を受けたり。忙しなく動く姿を、渡されたメニューで目から下を隠して眺める。
……うーん。何か、微妙。なんて表現すればいいんだろう、今の私の気持ち。
ウェイターさんの奏人は素敵だと思う。それで、お仕事中の真剣な表情も、部活中の時と同じで、これまた素敵。でもね?
「あ、また笑った」
「だね。土岐くんには珍しい、笑顔の大サービスだねぇ」
奏人ってば、ちょっと笑顔の頻度が過ぎるんじゃない?
そりゃ、四六時中ピッカリ笑顔ってわけじゃないけど。オーダー取っての去り際とか、お料理を運んだ時にお客様と目が合った時とかに、綺麗な笑みが口元に浮かぶって程度だけど。でもでも! このお店、お客様が多いから、必然的に笑顔の頻度も高いのよ!
お客様相手のお仕事だから仕方ないけど!
それは、しっかりバッチリわかってるけど! うわぁぁん! 無表情で無愛想な奏人は、どこに行っちゃったのぉ!
「涼香ちゃん? 複雑な気持ちはわかるけど、指の力は抜こうか」
「え? ……あっ!」
うわわ、どうしよう!
しまったわ。目から下を隠して持ってたメニュー。握りしめすぎて、私の指の形にシワが出来てラミネートがボヨンボヨンに……これ、お店の備品なのに。
「チカちゃぁぁん」
指摘してくれたチカちゃんに見せてヘコんだ。
「大丈夫だよ。これくらいで青ちゃんは怒らないし。それに土岐くんの心配も要らないよ。ほら、後ろ見て?」
「え? ……えっ、えっ? 何っ?」
後ろ、と言われたけど、正確には斜め横で。その位置から肩に掛けられた何かの感触に飛び上がった途端、奏人の声が降ってきた。
「肩、出してると冷えるから。これ、羽織っといて」
「奏人っ?」
「いい? それ、絶対に脱いじゃ駄目だよ」
早口で言いおいて、またカウンターに戻っていく後ろ姿を呆然と眺める。肩に掛けられたのは、奏人が着用してる物と同じ、ウイングカラーの白シャツ。
確かに、肩、出してるけど。ノースリーブのワンピースだけど。全然寒くないし。肩口に重なってる透けたレースがすごく気に入ってるから、むしろ見せたいのにっ!
「ふふっ。チカ、こうなると思ってたよー」
「え? え?」
「うん、私もー。いいねぇ、彼シャツ」
「え? これ。彼シャツ……になる、のかな? でも、どうして?」
「だって土岐くん、涼香ちゃんの肩と二の腕、ガン見してたよー。眉間にシワ寄せながら。ね、美也ちゃん?」
「うん」
「えっ、いつ?」
知らない。いつ? 私と喋ってる時は、そんな表情は見てないよ?
「さぁ、いつでしょう?」
「もうっ、チカちゃん! 意地悪しないで教えてくれても……」
「――御注文は、お決まりですか?」
「か、奏人っ」
わ、びっくりした!
というか、呼ばないのに来てくれたわ。忙しいのに。いいのかしら?
「後で直接本人に聞けばいいんじゃない? 土岐くん、注文いい? チカはねぇ、特製アメリカンクラブハウスサンドとソーセージの盛り合わせをお願い」
「私は、しらすとズッキーニのフェットチーネ。あ、慶のぶんはチーズたっぷりオランダ風ハンバーグのナポリタンセットをお願いします」
「はい。涼香は?」
え? え? ちょ! チカちゃんも美也ちゃんも、いつの間にメニューを?
「あ、えと……まだ決めてない……です」
うぅ、私ったら……メニューを見もしないでキョロキョロしてただけだったわ。どうしよう? 奏人だって、忙しい中、聞きに来てくれたのに。このままじゃ二度手間にさせちゃうから、早く決めなくちゃ。早くっ……。
「えと、えと……あの、その……」
「涼香には、夏野菜のパスタがお勧めかな。オクラも入ってるし。好きでしょ?」
早く早く、とメニューを指で辿ってたら、奏人が顔を寄せてきて「これ」と、私の指をある一点に導いた。『たっぷり夏野菜ときのこのパスタ・バジル風味』と書いてある部分に。
わぁ、美味しそう! 私の好きなオクラも入ってるし、これ食べたい!
「うん、これにするっ」
オーダーを復唱してメニューを引き上げる奏人に「ありがとう」と告げたら、いつも見せてくれる笑みが返ってきた。
そこで、初めて気づく。さっきまで見ていた、他のお客様への笑みとの違いに。
この笑みは、私限定だと思っていいはず。たぶん……きっと……。
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