13 / 85
キミとふたり、ときはの恋。【第二話】
立葵に、想いをのせて【3−2】
しおりを挟む駅通りから一つ入った飲食店街。チカちゃんと話しながら歩を進めていけば。通りの最奥にある四階建てビルの前で、美也ちゃんが待っていてくれた。隣には、美也ちゃんの幼馴染、藤沢慶太くんもいる。今日のお店訪問の同行メンバーだ。
「いらっしゃいませ」
軽やかに弾むドアベルの音とともに扉を開けば、張りのある、心のこもった声が飛んできた。
女の人の声、だわ。奏人が言ってた、中野さんて方かしら?
「わ……」
うわぁ!
一歩、店内に足を踏み入れて、思わず漏れ出そうになった感嘆の声を飲み込んだ。
アンティーク調の店内は、重厚なのにどこか温かみがあって、ひとつひとつが趣のある調度が、品よく配置されてる。初めて来たのに、どこか懐かしい気持ちにさせられた。
「青ちゃーん! 来たよー!」
慶太くんがカウンターに向かって手を振って、その声に応えるように、カウンター奥の人が軽く片手をあげた。あの人が、マスターの御園青司さんね?
……あら? 奏人は、どこかしら。
お店の外からガラス窓越しに覗いてみた時には、奏人の姿は見つけられなかった。外からは見えない位置にいるんだとばかり思ってたのに、その姿は店内のどこにも見当たらない。
あれ? あれれ? 約束の日、今日だよね?
「涼香ちゃん、こっちだよ」
お店の入り口でキョロキョロしてた私を、先にカウンター前まで行ってたチカちゃんが呼びにきてくれた。
「青ちゃん。この子、涼香ちゃん」
「はっ、はじめまして。白藤涼香です」
チカちゃんに紹介してもらって、マスターの御園さんに挨拶した。
「いらっしゃいませ。初めての子だね?」
「あ、はい。こんにちは。お邪魔します」
うわぁ。顎ひげを蓄えてる男の人、初めてこんなに近くで見たわ。
バーテンさんの黒服を少しだけ着崩した、ワイルドな印象の人だ。うーん。ワイルド系の男の人、新鮮だわぁ。それに、全然、怖くない。目元は優しそうで……。
「涼香、見すぎだよ」
えっ。
「奏人っ」
「いらっしゃい。待ってたよ」
すぐ横から聞こえてきた声に振り仰げば、穏やかな笑みが見下ろしてきていた。
良かった。奏人、いた!
うわぁ、うわぁ、うわぁ! お店の制服、すごく似合ってるーっ。
黒の襟付きベストに同色のスラックス。ウイングカラーの白シャツは、前面に施されたピンタックがとても華やかで清潔な印象だ。それから、蝶ネクタイにロングエプロン。この黒と白の制服は、身長がまた伸びた奏人のすらりとした体躯をさらに引き立てている。
おまけに、奏人がかけてるチョコレート色のアンダーリムの眼鏡も、図ったかのようにピタリとマッチして、立ち姿を綺麗に見せてるの。
去年の文化祭のソムリエエプロンも良く似合ってたけど、あの時は中等科の制服の上につけただけだったし。今のこの姿のほうが破壊力抜群だわ。
むむむっ。何か、ずるい。お店の常連さんたち、ずるい。私も毎日、通いたい!
「青司さん、ボックス席に案内していいですか?」
「いいよ。――あ、涼香ちゃん、だっけ? ゆっくりしていってね」
オーダーを受けて奥に入っていた御園さんが、もう一度カウンターに顔を出して私に声をかけてくれた。忙しい中にもかかわらず示してくれた好意と優しい笑顔に、あったかい気持ちになる。
声をかけてくれてる間にもオーダーが入ってたから、お邪魔にならないようペコッと会釈だけして、奏人の後ろに続いた。
「こちらに、どうぞ」
いかにもなウェイターさんの仕草で、お店の一番奥にあるボックス席を指し示す奏人にまた見惚れながら、チカちゃん、美也ちゃんと一緒に座った。
慶太くんは、カウンターで他の常連さんとお話中。えーと、奏人にここのバイト募集のお話をしたのはチカちゃんだけど、チカちゃんは野崎先輩から聞いたんだと教えてくれた。
元々は、御園さんと野崎先輩のお父さんがお知り合いで。だから、先輩と幼なじみの慶太くん、美也ちゃん、チカちゃんも、開店当初からここによく通ってるらしいの。
「メニューをどうぞ。――涼香」
四人分のお水とメニューを置いて一旦下がる素振りをした奏人が、スッと戻ってきて後ろから顔を寄せてきた。
「その服、良く似合ってる。目の保養、と言いたいところだけど。俺にとっては目の毒だね。可愛いよ」
め、め、目の毒なのは、あなたのほうですっ!
10
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
クルーエル・ワールドの軌跡
木風 麦
青春
とある女子生徒と出会ったことによって、偶然か必然か、開かなかった記憶の扉が、身近な人物たちによって開けられていく。
人間の情が絡み合う、複雑で悲しい因縁を紐解いていく。記憶を閉じ込めた者と、記憶を糧に生きた者が織り成す物語。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
イルカノスミカ
よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。
弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。
敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。
されど服飾師の夢を見る
雪華
青春
第6回ライト文芸大賞 奨励賞ありがとうございました!
――怖いと思ってしまった。自分がどの程度で、才能があるのかないのか、実力が試されることも、他人から評価されることも――
高校二年生の啓介には密かな夢があった。
「服飾デザイナーになりたい」
しかしそれはあまりにも高望みで無謀なことのように思え、挑戦する前から諦めていた。
それでも思いが断ち切れず、「少し見るだけ」のつもりで訪れた国内最高峰の服飾大学オープンカレッジ。
ひょんなことから、学園コンテストでショーモデルを務めることになった。
そこで目にしたのは、臆病で慎重で大胆で負けず嫌いな生徒たちが、己の才能を駆使してステージ上で競い合う姿。
それでもここは、まだ井戸の中だと先輩は言う――――
正解も不正解の判断も自分だけが頼りの世界。
才能のある者達が更に努力を積み重ねてしのぎを削る大きな海へ、船を出す事は出来るのだろうか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる