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キミとふたり、ときはの恋。【第二話】

立葵に、想いをのせて【1−5】

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「え……バイト?」
「ん、急なんだけど。昨日面接を受けて、即採用してもらってね。
 それで、さっき学年主任に保護者の同意書を提出してきたから、たぶん許可されると思うんだ」
 バイト? 奏人が? 奏人がバイトで、バイトに奏人?
 お弁当を食べ始めてすぐに奏人から伝えられたことの内容に、頭がフリーズする。
「それでね……涼香? 聞いてる? サンドイッチの具、こぼれてるよ」
「……え……あ、ほんとだ。う、うん。聞いてます」
 持ってたサンドイッチを具がはみ出てこぼれるくらい握りしめてしまってたけど、今はそれどころじゃないわ!
 ランチボックスに押しつけるようにソレを戻して、横に座ってる奏人と目線が合うように座り直した。
 だって、バイトって……バイトって!
「あ、あのあの! バイトって、何のバイト? あと! どど、どんなとこで働くの?」
 もしかして、もしかして! 綺麗なお姉さんに囲まれちゃうようなとこじゃないよねっ? そんなの、やだ! やだやだっ!
「んー。ひと言で言うと、バーのウェイター?」
「……ひっ! ババババッ! ババン!」
 ぎゃあぁっ! それ、一番危険なとこーっ!

「いや、ババンじゃなくて……ふふっ。バー、だよ……くくくっ」
 笑いを隠さない奏人にまたカミカミを指摘されたけど、そんな些細なこと、どうでもいい。だって、バーよ! バー!
 それに、ちょっと待って? 高等科生は親の同意書と学年主任の許可があればバイトはオッケーだけど、バイト先がバーなのは、さすがに許可が下りないんじゃない?
 それに奏人の御両親も、バーでバイトなのに同意書にサインなんてするかしら?
「奏人? あの、ほんとにバーなの?」
 まさかとは思うけど、私をからかってるんじゃ……。
「うん、嘘じゃないよ。『TRICOLORE』っていう、駅通りの商店街にあるバーなんだ」
「トリコロール?」
 あ、バーっていうのは本当なんだ。
「で、でも、バーなら尚のこと、たちばな先生の許可は下りないんじゃないの?」
 規律に厳しい学年主任の橘先生のことだもの。いくら親の同意書があっても、簡単に許可されるとは思えない。どうして奏人はこんなに楽観視してるのかしら?

「んー、それがね。バーのオーナーが祥徳のOBで、しかも橘先生の元教え子なんだよ。だから、たぶん大丈夫。あ、それと、このバイトは秋田からの紹介で決まったものなんだよ?」
「えっ、チカちゃんから?」
 えーっ、えーっ! チカちゃん? 私、何にも聞いてないよっ?
「……チカちゃん……奏人も……私、何にも聞いてない、よ?」
 そんなの、初耳だわぁ。
「ごめんね? 秋田からバイト募集の話を聞いてすぐに応募を決めたけど、涼香には面接に受かってから伝えたかったんだ。俺のつまんない見栄だよ。まぁ、たぶん落ちてても言ったと思うけど。とりあえず、秋田には口止めしてた。ごめん」
 眉を下げた奏人に頭を撫でられて、仲間外れにされたみたいな気分でちょっとショックだった私の機嫌はすぐに直ってしまう。それどころか、拗ねたような言い方をしちゃったことをものすごく後悔した。

「私、恥ずかしい。こんなちょっとしたことで拗ねたりして……私こそ、ごめんなさい。ほんと、恥ずかしい」
「いや、隠し事されてたと感じたんでしょ? なら当たり前だよ。むしろ、俺はそんな反応が返ってきて嬉しかったから、大丈夫」
 頭を撫でてた手が下に滑りおりて、下唇にチョンと触れてきた。
「ここを突き出して拗ねてる顔、すごく可愛かったしね。キスしたい気持ちを抑えるのが大変だったよ。ふふっ」
 低めた声が、それが本当だったことを伝えてくる。よ、良かった。抑えてくれて。
 ……って! 顔! お顔がかなり近づいてきてますけどっ? これは、どういうことっ?


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