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キミとふたり、ときはの恋。【第二話】

立葵に、想いをのせて【1−2】

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「俯いたまま歩いてたら、危ないよ。ここには実験器具もあるんだから」
「あ、うん。気をつける」
 奏人の目を見て返事をした視界の端に、机にテキストを広げる都築さんの姿が入り込んだ。
「あっ! えっと、ごめんなさい。私、準備を手伝えなくて……」
 そうだ、私ったらすごい役立たずだ。同じ班なのに準備を手伝うどころか、廊下から奏人を盗み見てただけなんだもの。
「ん? そんなの、いいよ。それより、先に髪、纏めようか?」
 あ、忘れてた。化学の授業は実験があるから、肩より長い髪の女子は髪をアップにするか、ひとつに纏めるかしないといけないんだった。

 慌ててポケットを探って、シュシュに指をかける。
「えっ? あのっ、奏人?」
 けど、シュシュを取り出す前に、後ろに回った奏人が両サイドから髪を掬い上げてきた。
「じ、自分でする。出来る、からっ」
「俺がやりたい。駄目?」
 耳元に、ひそめた声が落ちた。
「だ、だめ」
 奏人はずるい。私が本気で拒否出来ないことを知ってて、『駄目?』って聞いてくる。
 だから私も、精いっぱいの抵抗を込めて小さく『だめ』って返して、そのまま俯いて奏人の指が止まるのを待つの。ここが教室だって、わかってても。

「はい、出来たよ」
「ありがと」
 奏人の手で、少し高い位置で結ばれたポニーテール。それを持ち上げて、ちょちょって指で逆毛を立てて、シュシュの中に毛先をくるんと入れ込んだアレンジヘアの完成だ……たぶん。
 奏人って、ほんと器用。たまに、『やってあげる』って言って、こんな風に髪をいじられることがある。
 妹の歌鈴ちゃんにもやってあげてたから鍛えられたんだって言ってるけど、器用じゃないと出来ないよね?
「可愛く出来たけど、心配なら鏡見てね」
 その仕上がりを確認する余裕も、そんな気も私にはない。というか、さすがにもう恥ずかしい。
 振り向かずにもう一度小さく御礼を言って、そのまま奏人から離れた。逃げるように。
 満里奈ちゃんは、都築さんの横でもうテキストを広げてる。私も早く授業の準備をしなくちゃ。
 ササッと白衣を羽織って、満里奈ちゃんの隣に腰掛けると、背後から白衣の袖がニュッと伸びてきた。
「涼香」
 トンっと、目の前の机にその手がつかれる。こんな風に肩に当たる温もりは、奏人以外にいない。
「昼飯は外で食べようか。中庭に行くから、そのつもり、しといて? それと、今日はずっとこのままの髪型でいてほしいな。いい?」
 斜め上から耳元に落ちた囁き声と、後れ毛を撫でる指の感触。それに無言で何度も頷いた私に「ふっ……」という笑い声とも息遣いともとれる、それだけを残して、甘く清涼な薫りを纏うその人はすっと離れていった。その残り香だけを残して。
 うううっ。顔、上げられない。
 だって、絶対見られた。それで、今も絶対見られてる。今の不意打ちの密着で、即座に首筋まで真っ赤になった私の顔を。
 囁きを落とした後、お向かいの席に座った、私をこんなにした張本人。奏人からの視線をビシバシと感じるんだもの。きっと、内心、嬉しそうにしてるに違いないわ。

 今日の授業のテーマは『金属結合』。先生の実験説明の途中で、『属性』のワードが先生の口から出たことから、それは起こった。
 お隣の満里奈ちゃんがおもむろに手を動かして、向かい側の席に座ってる3人。常陸くん、武田くん、奏人の順に、シャーペンで指差していった。「黒髪クーデレ、チャラ男わんこ、ドS眼鏡」って呟いて。
 その途端、満里奈ちゃんのそのまた隣。私とは反対側の端に座っていた都築さんが、プッて吹き出したの。小さくだけど。
「あ、鮎佳ちゃん、笑ったね?」
「もう、マリちゃんたら、やめてよね。授業中よ?」
「大丈夫よ。ここ、一番後ろの席だし、先生には聞こえてないって。てか、誰のところで吹いたのぉ?」
 そこで、二人のやり取りをびっくりして聞いてた私と都築さんの目が合った。
「……別に、いいじゃない」
 でも、それはほんの一瞬で、すぐにふいっと目線は逸らされてしまった。
「あーあ、まぁた眉間にしわ寄せちゃって。鮎佳ちゃんはさ、そういうとこを気をつけないと、早くオバチャン顔になっちゃうよー」
 私の視線はあっさり外されたけど、明るくおどけた満里奈ちゃんにはちゃんと振り向いて、彼女の指摘に「ばーか」って返してる。とっても可愛い笑顔で。
 都築さん、満里奈ちゃんとはすごくフレンドリーだ。
 初等科から祥徳で一緒に学んでるし、何度も同じクラスになってるんだと聞いてる。『マリちゃん』って呼び方で、かなりの仲良しさんなんだってことも話かる。
 満里奈ちゃんは初等科からの入学生だって言ってたけど、都築さんは幼稚舎から祥徳だから、奏人とはその頃からの幼なじみなんだよねぇ。

「……いいなぁ」
「え、何?」
「あっ、何でもない。ただの独り言っ」
 満里奈ちゃんに小声で尋ねられて、うっかり声に出しちゃってたことに気づいた。
 いけないよね。授業中なのに。それに、こんな風に人を羨んでも仕方ない。
 仕方ないけど……でも、ちょっとだけ思うの。奏人ともっと早く出逢えていたら、どうなっていたのかな、って。
 いつも、ちょっとだけ……小さな頃の奏人を知ってる皆が、たくさんの時間を共有出来ていて、一緒に成長してこられた皆が、羨ましい。『私の知らない奏人をたくさん知ってる人』が、羨ましい。ちょっとだけ、そう思っちゃう。
 私って……ちっさいなぁ。


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