3 / 85
キミとふたり、ときはの恋。【第二話】
立葵に、想いをのせて【1−2】
しおりを挟む「俯いたまま歩いてたら、危ないよ。ここには実験器具もあるんだから」
「あ、うん。気をつける」
奏人の目を見て返事をした視界の端に、机にテキストを広げる都築さんの姿が入り込んだ。
「あっ! えっと、ごめんなさい。私、準備を手伝えなくて……」
そうだ、私ったらすごい役立たずだ。同じ班なのに準備を手伝うどころか、廊下から奏人を盗み見てただけなんだもの。
「ん? そんなの、いいよ。それより、先に髪、纏めようか?」
あ、忘れてた。化学の授業は実験があるから、肩より長い髪の女子は髪をアップにするか、ひとつに纏めるかしないといけないんだった。
慌ててポケットを探って、シュシュに指をかける。
「えっ? あのっ、奏人?」
けど、シュシュを取り出す前に、後ろに回った奏人が両サイドから髪を掬い上げてきた。
「じ、自分でする。出来る、からっ」
「俺がやりたい。駄目?」
耳元に、ひそめた声が落ちた。
「だ、だめ」
奏人はずるい。私が本気で拒否出来ないことを知ってて、『駄目?』って聞いてくる。
だから私も、精いっぱいの抵抗を込めて小さく『だめ』って返して、そのまま俯いて奏人の指が止まるのを待つの。ここが教室だって、わかってても。
「はい、出来たよ」
「ありがと」
奏人の手で、少し高い位置で結ばれたポニーテール。それを持ち上げて、ちょちょって指で逆毛を立てて、シュシュの中に毛先をくるんと入れ込んだアレンジヘアの完成だ……たぶん。
奏人って、ほんと器用。たまに、『やってあげる』って言って、こんな風に髪をいじられることがある。
妹の歌鈴ちゃんにもやってあげてたから鍛えられたんだって言ってるけど、器用じゃないと出来ないよね?
「可愛く出来たけど、心配なら鏡見てね」
その仕上がりを確認する余裕も、そんな気も私にはない。というか、さすがにもう恥ずかしい。
振り向かずにもう一度小さく御礼を言って、そのまま奏人から離れた。逃げるように。
満里奈ちゃんは、都築さんの横でもうテキストを広げてる。私も早く授業の準備をしなくちゃ。
ササッと白衣を羽織って、満里奈ちゃんの隣に腰掛けると、背後から白衣の袖がニュッと伸びてきた。
「涼香」
トンっと、目の前の机にその手がつかれる。こんな風に肩に当たる温もりは、奏人以外にいない。
「昼飯は外で食べようか。中庭に行くから、そのつもり、しといて? それと、今日はずっとこのままの髪型でいてほしいな。いい?」
斜め上から耳元に落ちた囁き声と、後れ毛を撫でる指の感触。それに無言で何度も頷いた私に「ふっ……」という笑い声とも息遣いともとれる、それだけを残して、甘く清涼な薫りを纏うその人はすっと離れていった。その残り香だけを残して。
うううっ。顔、上げられない。
だって、絶対見られた。それで、今も絶対見られてる。今の不意打ちの密着で、即座に首筋まで真っ赤になった私の顔を。
囁きを落とした後、お向かいの席に座った、私をこんなにした張本人。奏人からの視線をビシバシと感じるんだもの。きっと、内心、嬉しそうにしてるに違いないわ。
今日の授業のテーマは『金属結合』。先生の実験説明の途中で、『属性』のワードが先生の口から出たことから、それは起こった。
お隣の満里奈ちゃんがおもむろに手を動かして、向かい側の席に座ってる3人。常陸くん、武田くん、奏人の順に、シャーペンで指差していった。「黒髪クーデレ、チャラ男わんこ、ドS眼鏡」って呟いて。
その途端、満里奈ちゃんのそのまた隣。私とは反対側の端に座っていた都築さんが、プッて吹き出したの。小さくだけど。
「あ、鮎佳ちゃん、笑ったね?」
「もう、マリちゃんたら、やめてよね。授業中よ?」
「大丈夫よ。ここ、一番後ろの席だし、先生には聞こえてないって。てか、誰のところで吹いたのぉ?」
そこで、二人のやり取りをびっくりして聞いてた私と都築さんの目が合った。
「……別に、いいじゃない」
でも、それはほんの一瞬で、すぐにふいっと目線は逸らされてしまった。
「あーあ、まぁた眉間にしわ寄せちゃって。鮎佳ちゃんはさ、そういうとこを気をつけないと、早くオバチャン顔になっちゃうよー」
私の視線はあっさり外されたけど、明るくおどけた満里奈ちゃんにはちゃんと振り向いて、彼女の指摘に「ばーか」って返してる。とっても可愛い笑顔で。
都築さん、満里奈ちゃんとはすごくフレンドリーだ。
初等科から祥徳で一緒に学んでるし、何度も同じクラスになってるんだと聞いてる。『マリちゃん』って呼び方で、かなりの仲良しさんなんだってことも話かる。
満里奈ちゃんは初等科からの入学生だって言ってたけど、都築さんは幼稚舎から祥徳だから、奏人とはその頃からの幼なじみなんだよねぇ。
「……いいなぁ」
「え、何?」
「あっ、何でもない。ただの独り言っ」
満里奈ちゃんに小声で尋ねられて、うっかり声に出しちゃってたことに気づいた。
いけないよね。授業中なのに。それに、こんな風に人を羨んでも仕方ない。
仕方ないけど……でも、ちょっとだけ思うの。奏人ともっと早く出逢えていたら、どうなっていたのかな、って。
いつも、ちょっとだけ……小さな頃の奏人を知ってる皆が、たくさんの時間を共有出来ていて、一緒に成長してこられた皆が、羨ましい。『私の知らない奏人をたくさん知ってる人』が、羨ましい。ちょっとだけ、そう思っちゃう。
私って……ちっさいなぁ。
10
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
夏の出来事
ケンナンバワン
青春
幼馴染の三人が夏休みに美由のおばあさんの家に行き観光をする。花火を見た帰りにバケトンと呼ばれるトンネルを通る。その時車内灯が点滅して美由が驚く。その時は何事もなく過ぎるが夏休みが終わり二学期が始まっても美由が来ない。美由は自宅に帰ってから金縛りにあうようになっていた。その原因と名をす方法を探して三人は奔走する。
花待つ、春のうた
冴月希衣@商業BL販売中
青春
「堅物で融通が利かなくて、他人の面倒事まで背負い込む迂闊なアホで、そのくせコミュニケーション能力が絶望的に欠けてる馬鹿女」
「何それ。そこまで言わなくてもいいじゃない。いつもいつも酷いわね」
「だから心配なんだよ」
自己評価の低い不器用女子と、彼女を全否定していた年下男子。
都築鮎佳と宇佐美柊。花待つ春のストーリー。
『どうして、その子なの?』のその後のお話。
◆本文、画像の無断転載禁止◆
No reproduction or republication without written permission.
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
〖完結〗インディアン・サマー -spring-
月波結
青春
大学生ハルの恋人は、一卵性双生児の母親同士から生まれた従兄弟のアキ、高校3年生。
ハルは悩み事があるけれど、大事な時期であり、年下でもあるアキに悩み事を相談できずにいる。
そんなある日、ハルは家を出て、街でカウンセラーのキョウジという男に助けられる。キョウジは神社の息子だが子供の頃の夢を叶えて今はカウンセラーをしている。
問題解決まで、彼の小さくて古いアパートにいてもいいというキョウジ。
信じてもいいのかな、と思いつつ、素直になれないハル。
放任主義を装うハルの母。
ハルの両親は離婚して、ハルは母親に引き取られた。なんだか馴染まない新しいマンションにいた日々。
心の中のもやもやが溜まる一方だったのだが、キョウジと過ごすうちに⋯⋯。
姉妹編に『インディアン・サマー -autumn-』があります。時系列的にはそちらが先ですが、spring単体でも楽しめると思います。よろしくお願いします。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
私のなかの、なにか
ちがさき紗季
青春
中学三年生の二月のある朝、川奈莉子の両親は消えた。叔母の曜子に引き取られて、大切に育てられるが、心に刻まれた深い傷は癒えない。そればかりか両親失踪事件をあざ笑う同級生によって、ネットに残酷な書きこみが連鎖し、対人恐怖症になって引きこもる。
やがて自分のなかに芽生える〝なにか〟に気づく莉子。かつては気持ちを満たす幸せの象徴だったそれが、不穏な負の象徴に変化しているのを自覚する。同時に両親が大好きだったビートルズの名曲『Something』を聴くことすらできなくなる。
春が訪れる。曜子の勧めで、独自の教育方針の私立高校に入学。修と咲南に出会い、音楽を通じてどこかに生きているはずの両親に想いを届けようと考えはじめる。
大学一年の夏、莉子は修と再会する。特別な歌声と特異の音域を持つ莉子の才能に気づいていた修の熱心な説得により、ふたたび歌うようになる。その後、修はネットの音楽配信サービスに楽曲をアップロードする。間もなく、二人の世界が動きはじめた。
大手レコード会社の新人発掘プロデューサー澤と出会い、修とともにライブに出演する。しかし、両親の失踪以来、莉子のなかに巣食う不穏な〝なにか〟が膨張し、大勢の観客を前にしてパニックに陥り、倒れてしまう。それでも奮起し、ぎりぎりのメンタルで歌いつづけるものの、さらに難題がのしかかる。音楽フェスのオープニングアクトの出演が決定した。直後、おぼろげに悟る両親の死によって希望を失いつつあった莉子は、プレッシャーからついに心が折れ、プロデビューを辞退するも、曜子から耳を疑う内容の電話を受ける。それは、両親が生きている、という信じがたい話だった。
歌えなくなった莉子は、葛藤や混乱と闘いながら――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる