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キミとふたり、ときはの恋。【第二話】

立葵に、想いをのせて【1−1】

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「涼香ちゃん。次、教室移動だよー。急いでっ」
「はーい。あ、先に現国の課題ノートを提出しに行かない?」
「もう! そんなのお昼休みでいいじゃん。私もお昼に一緒に行くからさ。そんなことより、早く移動しないと間に合わないよっ」
 教室移動と言っても、次の授業が行われる特別教室棟は、私たちの教室から渡り廊下を使えばすぐの距離。ほんの数分で着く。なのに、早く早く、と急かしてくる満里奈ちゃんに言われるまま、教科書や他の準備物を手にした。
「走るよっ!」
「う、うんっ」
 そんなに急がなくても間に合うのになぁ。
 と思ったけど、私と繋いだ手を引っ張るようにして走り出した満里奈ちゃんに遅れないよう、一緒に走る。
 満里奈ちゃんに急かされての行動だけど、私も少しはそわそわしてたし、急いで行きたい気持ちは充分にあるから。
 目的地の化学室。選択科目のために、隣のクラスと合同授業になっているそこには、奏人がいる。化学の授業は、唯一、奏人と同じ班で活動出来る貴重な時間なんだぁ。
「うわ! あれ見て、涼香ちゃん。私ら、出遅れたんじゃない? しかも、いつもより人数増えてるしーっ!」
 化学室の手前で、走る足を止めた。満里奈ちゃんが、息を弾ませながら肩をポンと叩いてくる。
 うん、そうね。あれは、私も目に入ってたし、人数が増えてるのが気になってたけど。
「ほら、私たちも行こ? 負けてられないわよっ」
「え? え?」
 また手を引っ張られて、そこに向かう。満里奈ちゃんが言うところの『あれ』。廊下で固まって化学室を覗き込んでる、何人かの女子のグループの横に一緒に立った。
「ほぉーう、これはこれは! 今日も見応えありますなぁ、我らが三人衆は! のう、涼香さんや」
「う、うん。そうねぇ」
 昔話のお爺さんの演技なのかな。すりすりと顎をさする満里奈ちゃんをチラ見して返事したけど、私も同じことを考えてた。
 やっぱり似合う。似合いすぎてるーっ!
 化学室の中の光景。私の視線が縫い止められてるそこには、武田くん、常陸くんと実験器具を準備しながら会話してる奏人の姿が。
 化学の授業で着用が義務づけられてる白衣は、奏人のすらっとした体型と濃茶色の髪、チョコレート色のアンダーリムの眼鏡にピタリとマッチして、目が離せません!

 バスケ部員の武田くん、常陸くんと並んで立つその姿を見て何かをスマホにメモしてる女子の皆さんに混じって、同じように溜め息をついてしまう。
 写真、撮ってもいいですか?
 なーんてねっ。
 盗撮は駄目よね。ポケットのスマホに思わず伸びた手を引っ込めた。
 たぶん、奏人は白衣姿の写真が欲しいって言えば、撮らせてくれると思う。でもね? 私が欲しいのは、武田くんと常陸くんと三人で並んで立ってる写真なのよ。
 武田くんも常陸くんも奏人と同じくらい白衣姿が似合ってるからなんだけど。一番の理由は、この二人と談笑してる奏人の表情にすごくキュンってしちゃうから。
 キュンな表情、プラス、凛々しい白衣で、二度美味しい立ち姿なんだもの。
 けど、この提案が奏人に受け入れられるかと言えば、疑問。奏人単独の写真なら、すぐに撮らせてくれるはずだけど。
 うん、そこはちゃんとわかってるのよ。私。奏人が、わりとヤキモチ妬きやさんだってこと。それは、私が奏人を大好きな気持ちと同じくらいの気持ちを返してくれてる証拠だってことも。
 彼女だから驕ってるって言われそうだけど、そこはちゃんとわかってないといけないとこだもん。
 でもでも、一枚くらいなら……他の男子が一緒に写ってる画像でも、持っててもいい、かな? 奏人がメインなんだもん。駄目じゃないよね?
 ちゃんと奏人に『撮ります宣言』してからなら、コッソリ撮らせてもらってもいいんじゃないかなぁ? 宣言しといてコッソリっておかしな話だけど、奏人の場合、そうしとかないと後が怖い気がするんだもの。

 よ、よし。今日のところは、撮りたい願望を抑えて次回に……。
 ――カシャッ
 ん?
「きゃっ! 撮っちゃった!」
「ねぇっ、ちゃんと撮れた? 私にも頂戴よ?」
「武田先輩メインだけど、いい?」
「えー? 土岐先輩はぁ?」
 えっ。『土岐先輩は』って……まさか?
 すぐ横でやり取りされてる会話の中に奏人の名前を聞いて、心臓がバクバクと跳ね出す。中等科の制服を着た女子二人が楽しそうにスマホを覗いてるのを、そっと見る私の顔はきっと強張ってるはず。
 これ、あれだ。チカちゃんと満里奈ちゃんが言ってたことが、今よーくわかった。
 先日行われた、司波くんがいる耀光学院との練習試合が原因だ。
 先輩方と交代で中盤で起用された一年生の活躍でリードを広げて祥徳の勝ちに繋がったんだけど、それ以来、高等科の先輩女子の間でも、煌先輩と同じくらい奏人と武田くんが注目されてるって話。
 まずいわ。先輩だけじゃなく、後輩の中にもライバルが現れたなんて。
 それに、悔しい。私が、撮りたいけど、奏人に許可を取ってからと思って我慢してるのに! それを何の躊躇もなく、こんな風にサラッと撮っちゃうなんて、そんなのずるい!
「ね、もう一枚撮っちゃおっか」
「今度は土岐先輩メインで撮ろうよー」
 やだ。もう撮らないで。

「……あ」
 何をどう言うかなんて、考えてなかった。
「あ、あの……」
 けど、思い切って声をかけてみた。とにかく、何か言わなくちゃ! 奏人の写真は……。
「ちょっと! そこで何してるのっ?」
「うわ、やばっ!」
「待ちなさい!」
 化学室の中から突然かけられた声に飛び上がって逃げ出した後輩ちゃんたち。その背中に「全く!」と吐き捨てた後、厳しいままの表情が私に向いた。
「あなたも、いつまでそこにいるの? こっちに来て、班の準備を手伝ってほしいんだけど」
「う、うん。ごめんなさい。すぐ行くね」
「マリちゃんもよ。早くして」
 満里奈ちゃんにも声を飛ばした後、白衣が正面で翻った。向けられたほっそりした後ろ姿が、奏人のもとに近づくのを見つめる。
 合同授業で同じ班になった、奏人の幼馴染。都築鮎佳さんの背中を。
「あーあ、鮎佳ちゃんに叱られちゃったねぇ。私のせいだね、ごめん!」
 満里奈ちゃんが片手を顔の前に立てて、謝ってきた。その手は、ついさっきまでスマホの画面の上を高速で移動していた手。白衣男子で新作の取材だったのよね、きっと。
「ううん、満里奈ちゃんは悪くないよ?」
「や、涼香ちゃんは私の巻き添えだもん。やっぱ、ごめん。じゃ、授業始まるし、もう行こっか?」
「うん」
 満里奈ちゃんに続いて、化学室に入る。奏人と話す都築さんの横顔を見ながら、ちょっとヘコんでる自分を自覚する。
 私って、駄目だなぁ。あの後輩ちゃんたちに、都築さんはちゃんと注意してた。なのに私はといえば、まともに声すら掛けられなかった。
 すぐ隣にいたのに。私が奏人の彼女、なのに……。

「どうしたの?」
「……あ」
 優しい指が、髪に触れた。
 俯いていた顔を上げれば、気遣うような光が覗き込んできてる。
 あぁ。奏人、だ。
 どうしよう。私、おかしい。すっと髪を梳く優しい手の感触が嬉しいのに、なぜだか涙が出そうって、思ってる。


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