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イゼロ・プラマ

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第1章

1 ヒトもどき-④

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 赤信号。誰もいない夜道で右手人差し指の爪を立て、トントントンとハンドルへと鬱憤を発散するパトカーが一両。
 青信号。その光へと変わった瞬間、ネルアはストレスを込めて強く晴らすようにアクセルを全開にした。

 失敗だ、しくじったと歯軋りを鳴らして数分前のことを気にしながら運転をする。特に持ち弾を全て失ったこと。ターゲットである奇形も逃がしたこと。
 このまま夜明けまで近辺の詮索も考えたが情報がなさすぎるが故、撤退を優先した。
 ネルアにとって分からない問いを放っておくことは確実なる不名誉であり、損害であると心に染み付いている。よって、証明が不確かな答えは大嫌いだった。
 猛スピードを出しながら死体のような奇形を思い返す。
 分からない点は沢山。分かる点は見た目についてのみ。
 反射を許さないほどの黒色の髪。人間離れした青白い皮膚は静脈と動脈が視覚で分かるほどの浮き出た目状。

(化物相手にかなりの失言をしてしまった……)

 声だろうか。いや、声だけ聞けばただの低い男性らしい声で特徴的ではない。声につられての失言というよりは雰囲気に呑まれたといったが正しいだろう。
 些細な立ち振る舞い、言葉選び、視線の動き、あの青年が導き出した周囲の状況、それらに見合った声色。
 様々な兼ね合いからこちらの奥底へ眠る感情すらも勝手に引き出される空気感が作られていた。
 しかし、どうにも現実感が湧かない。消えた銃弾に不可能的に自分の後ろへと青年自身が移動していたことなど。
 ネルアはフィクションのような一瞬の出来事を全く信じることができなかった。
 あの青年の招かれざる感覚は忘れもしないが、それにしても証拠も答えも手がかかりもなければ事実を理解するなど無理に近い。

「疲れている。今日は早く寝よう」

***
 
 静かな深夜。パトカーを数十分ほど走らせ、暑へと到着する。荷物を取り、迷いを扉へと授けるようにバンッと閉めた。

 横広い四階建ての部署。日中は多くの人が行き来している大きな自動ドアはしっかりと鍵がかかっている。
 ネルアは裏の扉へと周り、鍵を通す。ドアの先では非常口の蛍光的な明かりのみがネルアを照らす。
 エスカレーターは既に停止時刻に突入しており、一つだけ明かりのついたエレベーターを使って上の階へ足を運んだ。
 自動で開かれた扉の先も暗い廊下が広がる。電気がついている部屋はなく、静かで自分の足音が返答するようによく響いた。
 
 部屋へ着き、扉を開くとすぐに全体の電気をつける。他部員は当然帰宅している。
 同僚たちの色んな個性が一目見て分かるデスクの数々。その中でも整理整頓された机が一際目立った。
 ペン立ては全て均一に直立して並べられた文房具。デスクに備え付けてある本棚には重要である資料や本が背順に並べられ、傾きを許すまいとブックエンドでの固定もバッチリ。
 余計なものは一切置かず、常に新品であるかのような机はネルアの人格が最大限に表れている。
 机の真ん中に三つのモニターと一つのキーボード。どれも最新のもので全てにおいて薄型。最新機種を取り揃えているこの部署はネルアの上司の事績が讃えられてのものだった。

 軽い力でパソコン本体のボタンを押し、電源をつける。点灯したデスクトップは綺麗に整頓され、データも全て色分けとフォルダ分けが完璧。
 ネルアは文書作成ソフトウェアを起動させ、記憶が濃いうちに報告書の作成に取り掛かる。
 あの死体じみた奇形に対する結果はバッドなもの。しかし、事実から目を背けている暇をネルアは過ごしはしない。
 自身の体感した、まるで作り話のような出来事を堅苦しい文で素早いタイピングと共に仕上げていく。

 報告書はすぐに完成した。
 ネルアにとって大事なのは情報の方である。あの奇形に関するネットでの目撃情報や関係する記事、突き止めたコンクリートの住居などから手掛かりを模索していく。
 あらゆる情報をブツブツと唱えながら沢山の記事を速読、補足となる画像の確認、動画データを倍速で見定めてく。ネルアは国が所有する奇形の管理データも含め、何十と目を通した。
 報告書が完成してから一時間が経過して午前二時となったとき、颯爽と動かしていた手元を止める。

 両肘を机に立て、指の甲に顔の眉間を鎮めて下を向く。

「……嘘だろ? なにかひとつくらい、こう、あるでしょう」

 ネルアは推定される情報から外れる情報まで全てに目を通したが判断材料は一切なかった。まるで最初から存在がないかのように情報は上がらない。
 サーッと、脳天から下る冷や汗が遅れてネルアの体を伝い出す。 
(じゃああれはなんだったんだ……)
 理解できぬ事象は未知へと変貌を遂げ、恐怖へと結びつくのは最早必然のこと。
 対峙したこれまでの奇形を象徴する気持ち悪さや言語の通じなさとは明らかに違う悍ましさ。
 限りなく人間に近いあの奇形とは何不自由ない会話をした。ネルアは認めたくはないが知性も感じていた。
「何故、下等である奇形に抑圧感を感じなければならない」
 ネルアと青年が交わしたのはただの会話。ごく普通の行動ともなる会話を奇形としたことがネルアにとっては普通ではなかった。

「『普通』といえど、あんな『普通ではない状況』で会話など……それが抑圧感に繋がった?」

 抑圧された何か。威圧感だろうか。

「違う……そんな息詰まった暴力的なものではない」

 例えるのならば、あの空気感はそこにいると明白なほど認識できるというのに絶無を期したかのような見ることができない無色透明な霧。
 こちらが認知することなく、巧みな言葉で霧は流れて脳はバグり思考は停止して本心だけが残ってしまう。
 それに気づいた時には腹の内を読まれている感覚で身がすくみ、奮い立つ感覚が全身をまとう。
 歪な浮遊感、そこからはなはだしいゾッとする不安は遅れてやってきて初めて感情へと繋がる。

 下を向いたまま、ネルアは性に合わない大きな溜息を吐き散らす。ここまで血の気の引く感覚を帯びておいて、状況を思い出して見れば大した事はされていないということにどうにも二酸化炭素がほとばしる。
 単純に有害や危険な事態では決してなかった。
 なぜなら奇形アレ
 ネルアは顔を上げ、大気を切るように首を横に振った。数分の動揺を振り払い、切り替えるための自然的な動作。
 全ては自分の落ち度が原因。有効なる対処ができなかった不注意がこの事態に繋がった、ただの情けのない自分から導き出されたことに過ぎない。ネルアは自信へと繋がる自己解釈を始める。

「そうだ。ならば今以上に訓練場にも通って、銃弾への投資も惜しまずしてやろう」

 よしっ、と肘をつくことをやめて前を向く。怯えるといった行為で怠慢な時間を過ごすなど言語道断といった表情。
 紫味を帯びた黒い眼は生気に満ちていた。
「朝一、ケシェニカさんに報告をしよう」
 ネルアは報告書に保存をかけ、自分の雑念へ蓋をするようにしてパソコンの電源を落とす。

 ケシェニカという男は数少ない《космосコスマス》の一人でネルアの人外上司。
 《космосコスマス》というのは政府公認の独立機関。強い特権を有した治安維持に務めるエリートが集う部署。
 軍とは別に絶滅危惧種なみの少数精鋭で収集されている国家機関である。数は両手で数えられる程度の人数であることをネルアは耳にしている。その人物達の情報は一般的に公開されず、全てを知るのは国の上層部のみ。
 ネルアもそのうちの一人がケシェニカということしか知らない。ケシェニカがいるおかげで四階建ての広い敷地で労働、最新機種の電子機器の支給、かなりの強靭な繊維で作られた防弾チョッキに腕を通せるなどの優遇措置がなされている。
 しばし厳格な性格で多少の無鉄砲が過ぎることがケシェニカの特徴だが新人である期間からネルアの担当をしてきた立派な上司である。

 ネルアは電気を消して部屋を出て、次に向かう場所は一階にあるシャワー室。夜勤利用者が使用可能で、ネルアは数分で体を洗い、歯を磨くという慣れたマルチタスクをこなしていく。
 五分もかからずにシャワー室を出るとタオルで掻くように水気をとり、仕事着ではないシャカシャカとした音がなるスポーツ服を着て簡単に髪を乾かす。
 身なりへの用事が済んだ後、目を擦りながらエレベーターを利用して、〆である四階の休憩室へと向かった。

 最上階の角に位置する休憩室。そこは三畳ほどの小さな空間で元は埃被った物置だった部屋。
 休憩室は硬い弾力の長椅子とハンガーラック、壁に備え付けられている洗面台があるのみ。そして今やネルア専用の部屋と化していた。
 ネルアはケシェニカからたくさんの仕事を課せられている。地味なチェック作業の雑務からその日中に終わるわけのない任務、粗暴で命が危ない場所への緊急捜査など種類は様々。
 それらの仕事をそつなくこなすことを条件に休憩室の使用を許可された。
 この部屋の長椅子は今では簡易的なベッド。
 つまりは住み込みでの勤務をしている。
 このルーティンは本日だけではない。もうじき二年を経過する。
 元々契約していたアパートの部屋はケシェニカの部下として配属されてからは荷物置き場の役割でしかなくなった。現在はこの休憩室かホテルを使うかの二択。
 ネルアは物を多く所持していない。したがって部署住み生活には何の不遇も感じていなかった。

「これが仕事において一番合理的だ」

 近くにあるハンガーラックに制服と荷物をかけて速やかに電気を消し、睡眠へと向かう。
 簡易的なベッドへ横になり、目を瞑ると数秒もしないうちにストンと意識を落とす。
 決まった時間でできるだけ睡眠時間を確保する寝付きの良さはネルアの特技の一つだった。
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