サラの真っ白な地図

雪猫

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本編

心模様

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「………。」


サラとレオナルドの間に長い沈黙が流れていた。

お互い、きっかけが掴めないまま微妙な空気が漂う。


「レオナルド…重くない?」

サラは意を決した。重い口を開き、そっと尋ねてみる。

「…重いだの言ってたら騎士として誰も救えないだろ」

「う…」

レオナルドの素っ気ない返答で会話が終わってしまった。
やっぱり重くて話せないのでは…とサラは悩む。
しかも、騎士として、と言った。

レオナルドは騎士として真面目に病人を運んでいるのだ。

サラは肩の力が抜けた。

お姫様抱っこだとか想像してしまった自分が情けない。

心が落ち着き、冷静に今の状況を振り返る。
男のユリウスとして学院生活を送る身として、この状況は不味い。
万が一、女の子だとバレてしまったら…。
ドレスを着て抱っこなどされている場合ではない。

晴天の空を見上げる。
─もう、目は回っていない。


「目眩も落ち着いたみたいだし、一人で歩ける」

「…無理してないか?」

「全然」

「………控え室までは連れて行く」

「いや、いいって」

「心配してるから言ってるんだろ」

「僕が……こんな格好をしてるから?」

レオナルドが驚いた目でサラを見る。

じっと見られても…困る…
サラはそろっと顔を背ける。

「女子扱いされるのは不本意だ」


「…………。」


気が遠くなりそうな長い沈黙の後。

ゆっくりとサラの体が降ろされた。

そっと立ち上がり、目眩が起こらないことを確認する。

「もう大丈夫だから」

サラは淡々と告げた。

言葉は、思っていたよりも冷たく響いた。


…なんだろう…このやりきれなさ…。


サラはレオナルドと目が合わせられなかった。
俯いたまま、心の中に後悔の波が押し寄せてくる。

友の優しさを拒絶した、そう思われても仕方がない態度を取ってしまったのではないか。



「分かった。…先に行く」


レオナルドが去って行く足音だけを聞いた。




あんな運ばれ方は男として良くないと思った。少なくとも喜んではいけない。
友達だから対等でいたかった。
なのに、傷つけてしまった。

何をどう選べば良かったのだろう…。

不甲斐ない自分が悔しくて、涙が溢れてくる。

「どれが正解なの…」


ユリウス……貴方ならどう答えた?






◆   ◆





どうして、こんな結果になっているのだろう。

何を、どこで、どう間違えた?

舞台の上で気持ちが一つになったと思ったのは自分の勘違いだったのか。

あの時、俺の声に全身で応えてくれたユリウスの姿が今も頭に焼きついている。
ふらふらになりながらも踊り切って、終わってから目眩で倒れて、それでも何でもない振りをするユリウスを守りたくて。

…あのドレスは反則だ。 

同じ男とは思えない位可愛らしくて… 見惚れた。
でも、ドレス姿のユリウスを背中に担ぐ訳にいかないじゃないか。
やっぱりドレス着てたらあの抱き方しか…

あんな風に首に手を回されて、体が一気に熱くなってしまった。
耳元で囁く声は甘く、俺の中を焦らしてかき乱した。
押し倒してしまいたい、と思う程に…。

そんな下心を見せたくなくて、騎士として等と紳士的で正当な理由を繕った。
暴走しないよう自制でもあった。

俺は多分…ユリウスに友情以上の感情を抱いている。
ただ…どうしたいとか、どうありたいのかは自分でも良く分からない。

そばにいたいと思う。
守りたいと思う。

ドレスを着たユリウスを誰にも触らせたくなかった。


でも、俺の思いは…ユリウスの男としての自尊心を傷つけてしまったのだろうか。

不本意だとユリウスは言った。

女子役がくじ引きで決まった事だし、ユリウスが好き好んでドレスを着たのではない。

そこを汲んでやれば、こんなすれ違いは起きなかっただろうか?

…今更遅い。

何度やり直しても、俺の心の中は叫んでしまうだろう。


お前が好きだ。


たった一言そう言えたら…どれだけ楽か。


だけど、失ってしまうのが怖い。

だから、言えない。



言われるままそっとユリウスを降ろして、自分から離れた。



どんな言葉を言えば、ユリウスに届く?


浮かんでくるのはどれもこれも言い訳ばかりで本当腹立たしい。


好きだけど失いたくない、二つ望むのは虫が良すぎる願いだけれど。


ユリウスのことをもっと知りたい。

傷つけずに彼のすべてを守れますように───




◆                 



控え室手前で立ちすくむレオナルドの横を、マントで身を包む怪しげな人物が通り過ぎた。
麝香がふわりと漂う。レオナルドは引かれるように通り過ぎた背中を目で追った。



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