サラの真っ白な地図

雪猫

文字の大きさ
上 下
24 / 36
本編

文化祭2~レオナルド視点~

しおりを挟む
王立学院に入学して2週間が経過していた。

初めの頃こそ実家に残した兄弟たちのことや、自分の将来について色々悩み、思う事はあったのだけれど。
幼馴染のニコラスが自由奔放にやらかすので、緊張よりも彼の面倒を見るので忙しかった。

ニコラスは同い年だがどうも年下に見えて仕方がない。
甘やかされて育ってきたのか、俺の弟たちの方が余程しっかりして見える。

貴族の嗜みであるダンスすら逃げ出すニコラスだが、理由は多分あの出来事だろう。
昔から背の低いニコラスは、ある舞踊会で大人たちからダンスで女の子役をするよう命令されてしまった。好きになった子の目の前で。
…相当な屈辱だったろうなと思う。
あれ以来ニコラスはダンスに参加しなくなった。
一見、背が低くて可愛らしい雰囲気だが中身はがっつり肉食系の男だ。
俺が知るだけでも好きになった女の子は3人いる。
外見で色々損しているけれど…。

それでもめげないニコラスを俺はどこかで羨ましく思い、そして可愛くもあり…なんだかんだで世話を焼いてしまう。
俺には弟が五人いるので今更ニコラスが増えてもさほど影響はない。


入学式──ニコラスと似た小動物がいた。

ユリウス・スウォルト。

北の大地、スウォルト領から来たらしい。
俺が聞いた話では、1年中雪が降り、雪男や狼男が住むという閉ざされた辺境の地。

まさかあんな所に人間が住んでいたとは…。

目の前にいたのは毛むくじゃらな生物ではなく、剥き玉子みたいにつるんとした白い肌、サラサラした金髪に碧い瞳の少年。
黙っていると北の大地の冷気が漂ってくるような雰囲気のユリウスだが、笑うと空気が一変した。
氷さえ溶かしてしまいそうな陽だまりのような笑顔は、北の辺境もスウォルトという歴史ある伯爵家も忘れてしまう程に緩やかで優しい。
ニコラスと二人でじゃれ合っている様子はまるで小動物が餌を取り合っているみたいだった。
また一人、弟が増えたと思った。



舞踊の授業中。
俺たちは同じ場所で子鹿ダンスをして怒られるニコラスを生温かく見守っていた。

「ニコラス、何度言ったら分かるんですか。そこはステップからターン!」

舞踊専門のカミラ先生は王室で実際教えているだけあり、基本形から厳しく、俺たち一般貴族に容赦がない。

「あいつ…昔からダンスになると姿を消していたからな」

俺は横目で見ながら溜息を吐いた。
いい機会だ、骨の髄までダンスを教わってこい。
子鹿を崖から突き落とす親の気持ちでいると、ユリウスが話しかけてきた。
そういえば…こんな風に二人だけで話すことは初めてかもしれない。
家族のことを聞かれ、俺の将来について触れられた。

そこはまだ、安易に語りたくないな…。

そう思って。

ユリウスの気をそらすように、わざと急かすように指をさした。

「わっ…」

慌てて飛び出したユリウスが、ステップしながら移動してきたブレットとぶつかりそうになる。
あいつ…足元に夢中で前を全然見てないじゃないか。

「おい、何やってんだよ」

ユリウスの腕を掴んで引っ張り、両者がぶつかるという事態は避けた。
咄嗟の事で力が入ってしまい、棒のように軽いユリウスが体勢を崩す。
それを自分の胸で受け止め、両肩を支えた。

…………細っ。


木の棒みたいな奴だと思ってたけど、肩幅の狭さに改めて驚く。
小さくて折れてしまいそうだ。

「あ、ありがとう…」

振り返ったユリウスの顔はほんのりと赤く。
何故かつられて俺の頰も熱くなる。
ユリウスの長い睫毛が瞬きの度に揺れて、光を反射する金色の髪からふわりと甘い匂いがした。


「ユリウスはどうしたのですか?」

ユリウスの足元がふらついて、俺はその細い肩をぎゅっと支えた。

「わっ、ごめん…!」

頭一つ分背の低いユリウスが俺の顔を見上げる。
声をかけようとして覗き込んだ俺の目の前にユリウスの顔があった。

うわ、近っ……

潤みかけた瞳に吸い込まれそうになって、思わず手に力が入りそうになる。


ユリウスが体から離れたのがあと一秒遅かったら…


抱きしめていたかもしれない。


「……!」


一瞬疼くように湧き上がった感覚に俺は固まった。



相手は男じゃないか──!


しおりを挟む

処理中です...