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第36話 宇治原くん、賢者になる

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 愛莉あいりの口から「ご褒美」の事を覚えているか聞かれて、一気に思い出した。

 ――罰ゲームがあるのならば褒美があってもいいんじゃないかな。

 愛莉がそう言い目標設定したご褒美の点数は八十点。つまり丁度ちょうど今の点数ということだ。
 俺が作る小テストは少々意地悪で学校の過去問と共通テストに専門書の内容を混ぜた感じにしている。
 なぜこのような事をしたのかというと暗記したことを応用できないと上位に組み込めないからだ。
 そのため難易度はかなり高い。

 ご褒美を与えるラインとして無難ぶなんと言えば無難。
 高すぎず、低すぎず。
 次へのモチベーションを維持する点数として最適な点数だった。
 いつかは達成できると思っていたが、まさかこんなにも早く達成できるとは思っていなかったのも事実で。
 がそれにより問題が発生する。

「内容、決めてなかったと思うけど? 」
「……うん」
「もしかして何かして欲しい事でもあるのか? それとも、もの? 」

 言うとチラチラと少し上目遣いでこちらを見てくる。
 なんだこの可愛い生き物は。

「……頭」
「頭? 」
「頭でて」

 愛莉は机を支えにして前のめりになる。対面にいる俺にゆっくりと頭を近づける。
 撫でやすいようにしているのか顔は下を向いていた。

 ど、どういう意味だ?!
 褒美に頭を撫でろ?!
 むしろ俺の方がご褒美なんだが。

 しかし……断るにはいかない。
 断ったら彼女のモチベーションが急落する可能性がある。期待していなくても貰えるものが貰えないとなると、褒美に限らずがっかりするものだ。

 かといってこの状況で頭を撫でるというのはちときつい。
 幾ら陰キャで空気な存在の俺とて思春期真っ盛りの男子高校生。欲望を振り切れるか心配だ。

 跳ね上がる心拍数に体中が熱くなる。
 やばい、やばい、やばい!!!
 思う度に心拍数が上昇する。

 悪循環だ。

 ――念仏だ。
 ――そう! こういう時こそ念仏だ。

 心の中で仏の教えを唱えて行く。
 するとすっと心が落ち着く。
 まだ少し手が震えているが愛莉をこの状態にしておくのも限界だろう。

 震える腕を持ち上げる。
 一切の欲望を頭から切り離し邪念をバズーカで打ち落とした後、ゆっくり彼女の髪に触れた。

「ん」

 甘い声が聞こえてくる。
 ビクンと俺の体が跳ねた。

「い、痛かったか? 」
「……いや」
「そ、そっか。もういいか? 」
「まだ八十点分はやってもらってない」

 更に撫でるのを要求してきた。
 こ、これ以上だと?!
 再度浮上してきた邪念を念仏で浄化しゆっくりと頭を撫でる。

 ――柔らかい。

 短く切られた愛莉の髪だが髪質が良いのか手に抵抗感を感じない。ふわっと撫でるたびに花の香りが俺の所まで漂ってきた。香りの影響か俺も心が落ち着き更に撫でる。
 頭頂とうちょう部から側頭そくとう部へとゆっくり手を移動させる。自然と彼女の顔が上がる。

 ……もしかして愛莉は疲れているんじゃないのか?

 とろんとした表情でぼーっとこっちを見ている様子を見てふと思った。

 愛莉は毎日かなりの集中力を使っている。
 しかも今までとは異なり体ではなく精神面を、だ。

 慣れない筋肉を使うとよく疲れると聞くが、精神も同じなんじゃないだろうか。
 そう考えると大黒先生の言葉が頭をよぎった。

 ――勉強に息抜きも組み込め。

 息抜きか。
 もしかしたらかなりの疲労を貯め込んだ結果こんな要求をしてきたのかもしれない。
 だが俺は彼女の息抜きの仕方を知らない。
 俺ならばアニメを見るとかトモと軽く遊びに行くとかなのだが……。

「な、なぁ」
「ん? 」
「こ、今度……息抜きに、ど、どっか遊びに行かないか? 」
「いいよ」

 即答かよ!
 緊張した俺が馬鹿みたいだ。

 一気に体の力が抜ける。
 あと何度か軽く撫でて、手を離した。

「これで終了! 」
「ありがと」

 愛莉はお礼を言い顔に大輪を咲かせる。

「じ、じゃぁ、これで! 」
「お、おう」

 ささっと机の上の教材を片付けた愛莉は顔を真っ赤にさせながら、家に向かって駆けて行った。

 ……恥ずかしかったのは俺だけじゃなかったみたいだ。
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