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端木 子恭

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さっぱり

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 チヅルは無事に髪を切った。
 ヒスイの父と同じ美容室で切った。

 画像を何枚か見せると、美容師さんはさくさくと切ってくれた。

 11時には着けそう。

 ヒスイに連絡を入れる。
 すぐにOKと返事が来た。

 ヒスイの父はチヅルが同じ美容室行ってみたらしいと知ると照れている。
 
「チヅルくんかわいいなー。
 中学生なのに突っ張ってなくてー。
 お父さんも突っ張ったことなんかなさそうだよなー」
「ほら、お父さん、ツレテッテー」

 胡坐をかきながら横に揺れる父の背中を叩いて催促した。
 夕べも飲み会だった父だが、チヅルくんの頼みと聞いて1次会で帰ってきている。
 
 そんなに子供と戯れたいのか。
 12月に入ってからはヒスイだって「いってらっしゃい」してるのに。

 父のツボはヒスイには分からない。

 ジャージに着替えると、ヒスイは男の子だ。
 父と並ぶと本気で父と息子で遊びに行くぞ感がでる。

 ジャージの色が同じなのがいけない。
 3本線のマークが一緒というのもまずいかもしれなかった。

「行こう」

 何はともあれ出発する。

「マラソン大会、水曜日だよな」

 車を運転しながら父が聞いてきた。

「うん。お父さん来る?応援」

 そんなわけないけど一応聞いてみる。

「ヒスイ、優勝する?」

 にやりと笑って父が反対に聞いてきた。

「どうかなー。バスケ部の子もスタミナあるしさー」

 そう言うヒスイの目は笑っていない。
 父ゆずりで負けず嫌いだ。

 体育の時は20分間で何周回ったかを記録しているだけだ。
 だからヒスイが一番かどうかなんて分からない。

 みんなそうだ。
 優勝を狙う子たちは当日まで本気なんか見せない。

「ひとりいるんだよね。いつも私の後ろに最後までついてくる人」

 ヒスイは髪を結んだゴムをつつきながら話した。

「あれは狙ってんね」
「違う小学校の子?」
「そー。小学校の時は無双してたんだって」

 同じ部活の友達から聞いている。
 小学生までは外部で陸上を習っていた。
 エリートか。
 それを聞いた時ヒスイは目を丸くした。
 洗練されてるに決まってるじゃん。

「ゆっても私、野良だもんね。
 陸上のコーチに習ってた、バスケ部。
 言っただけで強そうー。でかく見えちゃうー」

 助手席の窓に指紋をべたべたつけ始めたヒスイを父は笑った。

「野良で上等じゃん。
 ヒスイは小学校の時はお父さんとずっと走ってたからあいこだろ」
「サッカーの人みたいに左右に振れて走る癖ついた。
 直すの大変だったし。
 先輩には気持ち悪い。酔うって言われた」

 口を尖らせてヒスイは抗議する。

 父は今でも短距離ではヒスイなんかぶっちぎるのだ。
 太ったって言ってたのに。詐欺。
 日曜日の公園でヒスイは何度かキレた。



『今日、混んでるみたい。トレーニング室』

 体育館の駐車場についたところでチヅルからそう連絡が来た。

「チヅルくん、先に着いたみたいよ?」

 父を急かしながらヒスイは言った。

「トレーニング室混んでるんだって。
 どうしよう?」
「まあ行ってみよう。そろそろ入れ替わる時間だし」

 父はサンダルに履き替えて歩き出した。
 
 体育館の入口付近には一人男の子が立っている。
 年恰好から中学生かな、とは思った。

 ヒスイはその人の前を通り過ぎようとして、「おい」と父に呼び止められる。

「ヒスイ、まじか」

 とんでもない子ですよ、と父は娘を見た。

「チヅルくん」

 父は知らない子を指さす。

「は?」
「おはようございます」

 真っ赤になって挨拶する声はチヅルだった。

「えっ?」

 2ヵ月毎日見てきた弟子を見落とすなんて。
 いやいや、父の方が見間違いでは?
 
 ヒスイはじろじろと入口に立っている男の子を見つめる。
 本気で気づかなかった。
 だって

「こんなとこに読モがいると思ったんだもん」

 父が吹き出す。

「先月も思ったけど、チヅルくん私服おしゃれだよね」

 素でヒスイが言うと、チヅルはさらに顔を赤くしてうつむいた。

「今日のは写真の人の服装に似せただけ。
 髪型のイメージってそういうところからつけるって聞いたから。
 美容師さんがイメージ作りやすいようにと思って」

 ジャージ。ジャージちゃんと持ってきたよ。
 
 チヅルは慌てたように持っていた鞄をはたいて見せる。

「やっぱアーティストだからね、チヅルくんは。
 センスあるんだよね。
 ショートヘアすごい似合ってる」

 褒め殺されて困っているチヅルにひとしきり笑った後、ヒスイの父は移動を促した。

 今朝まではもしゃもしゃしていたはずである。
 伸びっぱなしのショートボブみたいだった。
 それが短めなマッシュになっている。
 お母さんカットよりこっちの方が断然よかった。
 チヅルはこの半年ちょっと損してたんだと思う。

 Tシャツに着替えてきたチヅルに、ヒスイは更に目を丸くする。

「筋肉ついたんじゃない?」

 チヅルはまた困った顔になって父の背後に身を隠した。

「ヒスイ。思ったこと120%言わない」

 男子はデリケートなんだよ。
 父はそう言ってチヅルを振り返る。

「ごめんなあ、ずけずけと言っちゃって。
 気をしっかりもって。チヅルくん。
 ヒスイのこれは1人目だ。練習だと思って怖がんないで。

 どうせ月曜の朝のには100回くらい『髪切ったー?』って聞かれる。

 チヅルくんは『うん。そう』って100回返せばいいだけだから。
 みんなの髪切ったー?に深い意味はないから」

 チヅルは小さく何度もうなずいた。
 ヒスイは「あ」の口になって反省した顔になる。

 チヅルは大きい音も苦手だけど、急にわーっと押し寄せられるのも怖いのだ。

「ごめん。褒めたくって。
 怖かったね」

 ヒスイがチヅルに謝った。
 チヅルはほっとした顔になって防護壁から出てくる。

「ほら、トレーニング室空いた」

 父が言う。
 ちょうど朝から使っていた団体が時間が来て引き上げていった。

 
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