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端木 子恭

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全力の均等配分

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 テスト直前の3日間は雨模様だった。
 体育館に行っている場合でもないので自宅筋トレにする。

 ヒスイは泣きそうになっていた。
 勉強の量が多すぎて溺れそう。

「もっと早く言ってくれてたらぁ…」

 母の前で泣き言を言った。

「多分、一般的には自分で気づくんじゃない?」

 母は静かに答える。
 テスト範囲は教科にもよるけれど、2週間ほど前から連絡されていた。
 
 暗記ものを全てゼロから覚えるのはきつい。
 国語の漢字だけは毎日やっていたので助かった。
 
「全部に全力かけるの?どうやって?」

 1年生も後半に入った段階でまだそんなことを言うヒスイ。
 チヅルに言われるままテスト範囲を読み直すことも終わる気がしない。

 部活のみんなはテスト直前に時間が足りないって言ってたっけ。
 このことだったのか。

 ヒスイはやっと友達の苦しみを共有した。

 父が帰ってくるまであと30分くらい。
 理科の実験の絵を見ながらヒスイは隣に紙を置いて説明を書き入れる。

 ひーさんは、説明が面倒くさいんだね。

 理科の実験のレポートをチヅルに見せたらそう言われた。
 やった手順を文字で書かず、やたら矢印でイラストをつなぐ。
 実験の感想は、ひとこと。

 絵が何をしているところなのか、資料集を見ながら文章で説明する。
 
 それが今日のやること。

 絵を見て気づいたことを箇条書きにして、資料集を見る。
 どことどこを繋げるのか確認する。
 文章に直す。

 正直これがなんの効果を発揮するのかは知らない。
 けれどチヅルがヒスイに必要な能力だって言うなら、やると決めたのだ。


「ヒスイは字がきれいになったなあ」

 帰ってきた父の前でプリントを読み返してたらそんなことを言われた。

「チヅルくん、カドにうるさいから」

 ひらがなの『あ』ですら、丸く書いてはいけない。
 下の方にぐっとためて控えめに角を立ちあげて、振るように書くのだ。

 ヒスイの感性に任せては、人に読んでもらう字にならない。

「チヅルくんはよく気づくよね。
 私も知らなかったよ。自分の字が読みにくいって」
「ほぅ…」

 気づかないもんか。

 父はやや引いた目をした。
 ちょっと自己肯定感重視で育てすぎたか?

「チヅルくんはそんなヒスイにかかわってて大丈夫なのか?
 自分の成績落としたら落ち込まないか?」
「落ちると思うって言ってたよ」

 あっけらかんとヒスイは言う。

「朝の90分を今までと違うことに使ってるんだから当然なんだって」

 父は口を開けたまま娘を凝視した。
 冷汗が浮かび、母を窺い見る。
 母は無言で小刻みに首を振った。

「そんなに悪くはならないって言ってた。
 チヅルくんは情報分析が得意だから、きっとそうなんだよ。
 大丈夫大丈夫」
「この口が言うのかー。
 ほんと、中学生はふてぶてしいったら」

 父の溜息を、ヒスイはむーっと見上げる。

「大人になっていくんですー」

 ヒスイはそう言うと、立ち上がって自分の部屋に行った。

 人の能力の総値は決まっている。
 何をどこに振り分けるかで得意不得意の分野が決まっていく。

 チヅルはそんな話をしていた。
 
 チヅルは今まで勉強の分野に大部分を振ってきた。
 それをちょっとずつ削ってジョギングにあてている。
 だから成績が下がるのは当たり前のことだ。

 チヅルのいる世界でちょっと点数が下がるとどうなるのかヒスイは知らない。
 けれど気にしないでほしいっていうんだからそのことは気にしないことに決めた。

 ヒスイはコーチとしてチヅルの望む結果に導く。

 

 そんなこんなで受けた中間テストは、ヒスイにとっては大勝利だった。
 5教科の総点が中間より50あがったのである。

 順位は出ていないが、もう大満足だ。

 国語はよく分からない誤字がなくなったのでちまちま減点されずに済んでいる。
 歴史と地理でも同じことが起こった。

 字の確認、大事…。

 ここでようやくそのことに納得した。
 全教科勉強したのも初めてだ。
 大進歩である。

 チヅルは担任の先生に呼ばれたらしい。
 10位内に入ってはいたが、成績優秀者としては載らない。
 チヅルがショックを受ける前にそのことを知らせたようだ。

 勉強躓いてる?と担任は聞いたみたい。
 すごく順調です、とチヅルは答えたそうだ。
 
 チヅルの体重はその時61kgになっていた。
 身長は162cmにあと数ミリで届く。
 計画は順調だ。

『母の緊張感を除けば順調』

 テストが終わった日、久しぶりに四角い世界に集まる。
 チヅルはヒスイに言った。

『あと1か月でBMIどのくらいになれるかなあ』

 わくわくしている。
 かわいい。

『10日、マラソン大会でしょ』

 ヒスイは今度は自分の番だと意気込んだ。

『みんなに引きずられないように、自分のペースを保って走る練習するよ』

 チヅルは何位になれるだろう。
 弟子が活躍してくれるかもとヒスイはうきうきした心持ちになる。
 
 早く明日にならないかな。
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