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端木 子恭

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子の気持ち、母の気持ち

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 11月には音楽祭がある。
 急に合唱の練習が増えた。

 体育館に同じ学年の全員が集まる。
 順番に歌うので暇な時間が結構あった。

 お。やっぱ痩せたよ。

 床に座って友達と喋りながら、ヒスイはそう思った。

 1組の中にいるチヅルは、もうそんなに突出した体型はしていない。
 一重の瞼は腫れぼったくなかった。
 顎のまわりがたるんでいないし、制服がちょっとダブついている。
 元々が丸顔だったらしく、顔全体で白玉を表現しているみたいだ。

 米騒動から2週間。
 将軍は平常心を保っていた。

 学校にはめちゃ現れるんだけど。

 今日もチヅルの母やその他数人の役員が校内を歩いている。
 イベントのお手伝いだ。
 体育館の飾りつけなどやってくれる。

 1組は賢い人や一芸のある人が多かった。
 ちゃんとクラスの中から伴奏者が決まっている。
 噂によると、バックアップの人もいた。
 素晴らしい。

 対して6組。
 体育祭では抜群の団結力を見せつけて優勝に貢献した。
 音楽祭でだってまとまりはいい。
 しかし高度文明に慣れ親しんでいないらしく、リコーダーすら音色がひどかった。
 伴奏は間に合っておらず、このままだとテープを流すことになる。


 米騒動の折には、チヅルの父が珍しいことに母親と話し合った。
 チヅルは父が母の行動を変えさせるのを初めてみたという。
 
 不健康になっているわけではない。
 むしろ活動が多様になって楽しそうにしていた。
 日曜日にしたのは親の好みの押しつけです。

 将軍はぐぐぐっと唇を結んでいた。
 だってそれは事実だったから。
 事実の前に独善は積み上げられなかった。

 お母さんは心配でたまらないんだよね。
 チヅルに安全に過ごしてほしくて仕方ない。
 だけど、57kgまで。
 適正体重の57kgまでは我慢して見守ろう?

 大人の価値基準を示すのはそれからだって遅くない。

 チヅルの母はまだ迷っていそうだった。
 しかし、晩御飯の直前にスマホを見た後態度が決まる。

「チヅル、ごはんの量はどれくらいにする?」

 初めて米の決定権をチヅルに渡したのだ。
 チヅルは自分でよそった。
 母は片付けの時大量の米を冷凍した。


 スマホにメッセージを送ってきたのはヒスイの母である。
 子どもの気持ちと大人の気持ち、という話題だった。

 何度かやりとりするうち、明治文学の名前が出てきた。
 初恋を描いたあれ。

 子どもの頃は分からなかったけれど。
 今読んだらお母さんの気持ちも分かる。
 でも結局、大人たちが余計な事言っちゃった。
 子どもが成長したって大人の方が気づいてなかったのかもしれない。
 そんな話でちょっと花が咲いてしまった。

 それからというもの、母同士には、謎の絆が生まれている。

 将軍のプロフィール画像が変わった。
 
 本?本だ。

 推薦図書などでタイトルは見たことある。

 野菊的なあの本。

 それを聞いた時、チヅルはシラッとした目をした。
 ヒスイの母は大切な思い出をうっとり思い出すような顔をして。

「ちょいキモっ」

 と娘に言われる。

 とにかくそれから将軍は逆兵糧攻めをしなくなった。
 だからよしとしよう。

 合唱が終われば昼休みだ。
 ヒスイはやる気満々でジャージを着ている。

 ご飯を食べたらすぐ外に行こう。

 そう意気込む彼女は男の子に見えた。
 人数の関係で女子のエリアに組み入れられてしまった人みたい。


 昼休みに鬼ごっこをしていたら、帰るところの立上さんとばっちり目があった。
 挨拶すると、会釈が返ってくる。

 ホントに鬼ごっこしてる。

 なんかそういう表情に思えた。
 気恥ずかしくなって、ヒスイはその日残り10分と言うところで中に入る。
 最寄りの玄関から、3階に上がった。
 初めて図書室に足を踏み入れる。

 思ったより話し声が聞こえてほっとした。
 物語の棚を順番に見る。
 あの墓を見つけて引っ張り出した。

 席に持って行って開く。
 目次を読んだだけで昼休みは終わった。

 その日初めてヒスイは図書室から本を借りて帰った。


 部活がなかったその日、母の作ったミルクレープを食べながら読書した。
 作ったと言っても母の作業は生クリームを固く泡立てることくらい。
 皮は買ったものだ。

 それでもミルクレープを買うより安く済む。
 食べ応えもあった。

 2時間以上かけて読破したヒスイは、おもむろに父のパソコンを開く。
 四角い世界にチヅルがいることを確認して、自分もそこへ降り立った。

『野菊の謎を解いた』
『読んだんだ。すごいね』

 もうヒスイの読解マスターチヅルはすぐにメッセージを返す。

『女の子サン儚い』

 羊を素手で打ち倒すチヅルが新鮮だ。
 そんなことを思いながら本の感想を述べた。

『戦時中、持っていく兵隊さんが多かったって話だよね』

 チヅルが小ネタを教えてくれる。

『こんなの持ってったら生きて帰れないじゃん。
 切ない。むり』
『男の子は泣く泣くでも妻子をもっちゃうし。
 縁起は悪くない』

 人外のものを倒すチヅルは言うことがドライになっていた。

『2歳の時に生まれた赤ちゃんを4~5年可愛がったらそのあとずーっと懐かれたって話でしょ?
 周りの大人が変な目で見なきゃ女の子死なずに済んだじゃん。
 そこで結婚はダメだけど、あっちで結婚はオッケーの意味が不明。
 千葉のルール?コレ、千葉のローカルルール?』
『当時はそうだったんじゃない?
 森鴎外だって、今から考えたらそれの何がだめ?って話があるよ』
『森鴎外』
『きょうだいで怖い塩工場から逃げるやつ書いた人」
『ああああああの人』

 しかしそれすらヒスイはうろ覚えである。

 チヅルは何かの回路を作りかけていた。
 鉱石が足りなそうなので、ヒスイは道具を作ってチェストにためる。

『それでホワッとなってる母たちはどうなの』
『実害ないなら放って見守るのが1番だよ』

 チヅルくんは大人か。


 
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