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親も
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ヒスイからのメッセージは電車の中で見た。
米騒動ってか。
声に出して笑いそうになり、こらえる。
姉と違ってヒスイは中学生になってもよく父に話しかけてくれた。
最近できた弟子にまで会わせてくれている。
素直そうな子だったなあ。
童顔で動きがゆっくりしているから、ヒスイより年下にも見えた。
口調も子どもっぽくて、ヒスイといい勝負。
ヒスイは立上家の母を将軍と呼ぶ。
学校で見かける厳格そうなイメージと、チヅルから聞く米エピソード。
それらが合わせられると「米将軍」となった。
駅前でバスを待っていると、目の前のマンションから出てきた後ろ姿に目がとまる。
チヅルかと思った。
どうしてここから出てきたのか気になって声をかけようと近づく。
その人物がコンビニの方を振り返った時、チヅルではないと分かった。
「立上さん?」
もしかしたらと思って声をかける。
チヅルとよく似たその男性は振り返ってヒスイの父を見た。
「はい?」
不思議そうに返事をする。
その仕草までチヅルとよく似ていた。
自己紹介すると「ああ」と笑顔になる。
「突然ごめんなさい。
今、娘からの連絡が来てて。
チヅルくんがピンチだって」
その言葉にチヅルの父はあはは、と笑った。
「僕、息子からあまり話を聞かせてもらってないんですよ。
けど、落ち込んでそうだなとは思ってました。
せっかく楽しそうにしてたのに、昨日余計なことされちゃって」
その言い方は、何となく、自分は蚊帳の外という雰囲気である。
ヒスイの父はちょっと周りを見回して、地鶏と書かれた居酒屋を指した。
「時間ちょっとあったら、寄っていきません?1杯だけ」
うーん、とチヅルによく似た唸り方をした後、彼は「じゃあ折角なので」と言う。
まだ空席が多くすぐ席に座れた。
ヒスイに飲んで帰ることを連絡する。
チヅルの父は個人事業主をしていて、仕事場が先ほどの建物の中にあるのだと教えてくれた。
家にワークスペースを設けてもいいのだが、納税の時にややこしくならないように分けたという。
会社員の身としてはそんな複雑なことに頭を使ったことはなかった。
ふーん、と言っておいて注文のためにタブレットを取る。
「先日はありがとうございます。
台風の日に息子を体育館まで連れて行ってくださって。
あと、土曜日はプレゼントいただいたそうで」
ビールとつまみのセットを注文したあとチヅルの父は礼をした。
「楽しかったって言ってました。
蓑浦さんはスポーツができてかっこいいお父さんなんだって。
珍しくはしゃいでましたよ」
「俺の方が楽しかったです。運動も久々で。
チヅルくん素直だから教えたくなりますね」
品物が届いたので「お疲れ様です」と言って飲み始める。
「昨日の余計なことって、やっぱりごはん関係ですか?」
炭火焼きの鶏肉を口に入れて尋ねた。
チヅルの父は苦笑する。
「昨日は昼におじいちゃんと鰻食べに行ったんです」
「うへぇ、豪華」
「おじいちゃんもごはん食べさせたがりで」
米の副将軍。
「チヅルはレディースランチ選んだんだけど、強制的に鰻重になりましたl
「うわ。チヅルくんショック受けてませんでした?
米の量減らすようにしてたでしょ?」
「悲しそうでした。
おじいちゃんから見るとチヅルは痩せ細ってたみたい」
「おじいちゃん、ふくよか?」
「いえ。ただ、おばあちゃんが若いうちに亡くなったのは痩せてたせいだって思っています」
「あーなるほど」
急に孫が痩せて見えたら心配するのかもしれない。
「お昼のお重、ごはんの量は多分450gだったと思うんですよ。
で、夜も妻が山ほど食べさせて、体重が1kg近く増えたみたい」
「泣いてませんでした?チヅルくん。
そりゃ1日で1週間分の努力が水の泡って感じでしょ」
チヅルが繊細だという話は家の女子たちから聞いていた。
そんな無体をされたら学校休むかも。
「今朝、布団から出てこなかったです」
「出られなさそうだわ」
ヒスイの父が苦笑するのを、どうしてだろうという顔で見ている。
「その1kgがボーダーだったんですよ。
BMIの標準体重の、上限」
「ああ、それで」
体重計に乗った後、「うわーん」って泣いていた。
チヅルはまだ小学生だったかなと思うくらいの泣き方。
「たかだか1kgですからね、僕みたいなのからすると。
チヅルにはギリギリの1kgだったんだ」
立上家の愛されぽっちゃりさん。
ヒスイがそう表現していたな、と思い出す。
「俺にとっても1kgなんてたかだかです。
2~3日走れば減りますよ。
出たい大会まではまだ期間があるんだし。
お父さんが援護してあげたら、元気取り戻すんじゃないですか」
チヅルの父は首をちょっと傾げた。
「僕はチヅルの思う通りにまずはさせたいです。
けど、お母さんがね…。心配でたまらないんです」
うん。お母さんの関は突破が難しい。
「お母さんかー…。
心配が尽きないんですよね。
あれですか。57kgとか、我慢のゴール決めたら待ってもらえるタイプです?」
「57kg?」
なんでだろう?という表情をしていた。
チヅルの父のジョッキのペースに合わせながら、ヒスイの父は頷く。
「57kgは、適正体重ってやつです。
見た目は全然痩せてるって感じじゃないと思います。
いわゆるフツーって体型」
「どうだろう…。話してみようとは思います」
「チヅルくん、自分で考えて頑張ってるから。
親も引いて見守ってあげられたらいいですけどね。
親ってなかなか引いていられないんですよね。
もう相手はふてぶてしい中学生なのに。
いつまでも赤ちゃんの頃が忘れらんなくて」
30分ほどかけて飲み切った。
歩いて帰るチヅルの父を見送って、ヒスイの父はバスに乗った。
その日の夜、ヒスイに連絡が来た。
明日また。
「お父さんっ。チヅルくん明日はちゃんと走るみたい」
床で寝かけている父に手をかけて揺する。
よかったよかったー、とぞんざいに言ったら叩かれた。
将軍と老中の話し合いはうまくまとまったらしい。
米騒動ってか。
声に出して笑いそうになり、こらえる。
姉と違ってヒスイは中学生になってもよく父に話しかけてくれた。
最近できた弟子にまで会わせてくれている。
素直そうな子だったなあ。
童顔で動きがゆっくりしているから、ヒスイより年下にも見えた。
口調も子どもっぽくて、ヒスイといい勝負。
ヒスイは立上家の母を将軍と呼ぶ。
学校で見かける厳格そうなイメージと、チヅルから聞く米エピソード。
それらが合わせられると「米将軍」となった。
駅前でバスを待っていると、目の前のマンションから出てきた後ろ姿に目がとまる。
チヅルかと思った。
どうしてここから出てきたのか気になって声をかけようと近づく。
その人物がコンビニの方を振り返った時、チヅルではないと分かった。
「立上さん?」
もしかしたらと思って声をかける。
チヅルとよく似たその男性は振り返ってヒスイの父を見た。
「はい?」
不思議そうに返事をする。
その仕草までチヅルとよく似ていた。
自己紹介すると「ああ」と笑顔になる。
「突然ごめんなさい。
今、娘からの連絡が来てて。
チヅルくんがピンチだって」
その言葉にチヅルの父はあはは、と笑った。
「僕、息子からあまり話を聞かせてもらってないんですよ。
けど、落ち込んでそうだなとは思ってました。
せっかく楽しそうにしてたのに、昨日余計なことされちゃって」
その言い方は、何となく、自分は蚊帳の外という雰囲気である。
ヒスイの父はちょっと周りを見回して、地鶏と書かれた居酒屋を指した。
「時間ちょっとあったら、寄っていきません?1杯だけ」
うーん、とチヅルによく似た唸り方をした後、彼は「じゃあ折角なので」と言う。
まだ空席が多くすぐ席に座れた。
ヒスイに飲んで帰ることを連絡する。
チヅルの父は個人事業主をしていて、仕事場が先ほどの建物の中にあるのだと教えてくれた。
家にワークスペースを設けてもいいのだが、納税の時にややこしくならないように分けたという。
会社員の身としてはそんな複雑なことに頭を使ったことはなかった。
ふーん、と言っておいて注文のためにタブレットを取る。
「先日はありがとうございます。
台風の日に息子を体育館まで連れて行ってくださって。
あと、土曜日はプレゼントいただいたそうで」
ビールとつまみのセットを注文したあとチヅルの父は礼をした。
「楽しかったって言ってました。
蓑浦さんはスポーツができてかっこいいお父さんなんだって。
珍しくはしゃいでましたよ」
「俺の方が楽しかったです。運動も久々で。
チヅルくん素直だから教えたくなりますね」
品物が届いたので「お疲れ様です」と言って飲み始める。
「昨日の余計なことって、やっぱりごはん関係ですか?」
炭火焼きの鶏肉を口に入れて尋ねた。
チヅルの父は苦笑する。
「昨日は昼におじいちゃんと鰻食べに行ったんです」
「うへぇ、豪華」
「おじいちゃんもごはん食べさせたがりで」
米の副将軍。
「チヅルはレディースランチ選んだんだけど、強制的に鰻重になりましたl
「うわ。チヅルくんショック受けてませんでした?
米の量減らすようにしてたでしょ?」
「悲しそうでした。
おじいちゃんから見るとチヅルは痩せ細ってたみたい」
「おじいちゃん、ふくよか?」
「いえ。ただ、おばあちゃんが若いうちに亡くなったのは痩せてたせいだって思っています」
「あーなるほど」
急に孫が痩せて見えたら心配するのかもしれない。
「お昼のお重、ごはんの量は多分450gだったと思うんですよ。
で、夜も妻が山ほど食べさせて、体重が1kg近く増えたみたい」
「泣いてませんでした?チヅルくん。
そりゃ1日で1週間分の努力が水の泡って感じでしょ」
チヅルが繊細だという話は家の女子たちから聞いていた。
そんな無体をされたら学校休むかも。
「今朝、布団から出てこなかったです」
「出られなさそうだわ」
ヒスイの父が苦笑するのを、どうしてだろうという顔で見ている。
「その1kgがボーダーだったんですよ。
BMIの標準体重の、上限」
「ああ、それで」
体重計に乗った後、「うわーん」って泣いていた。
チヅルはまだ小学生だったかなと思うくらいの泣き方。
「たかだか1kgですからね、僕みたいなのからすると。
チヅルにはギリギリの1kgだったんだ」
立上家の愛されぽっちゃりさん。
ヒスイがそう表現していたな、と思い出す。
「俺にとっても1kgなんてたかだかです。
2~3日走れば減りますよ。
出たい大会まではまだ期間があるんだし。
お父さんが援護してあげたら、元気取り戻すんじゃないですか」
チヅルの父は首をちょっと傾げた。
「僕はチヅルの思う通りにまずはさせたいです。
けど、お母さんがね…。心配でたまらないんです」
うん。お母さんの関は突破が難しい。
「お母さんかー…。
心配が尽きないんですよね。
あれですか。57kgとか、我慢のゴール決めたら待ってもらえるタイプです?」
「57kg?」
なんでだろう?という表情をしていた。
チヅルの父のジョッキのペースに合わせながら、ヒスイの父は頷く。
「57kgは、適正体重ってやつです。
見た目は全然痩せてるって感じじゃないと思います。
いわゆるフツーって体型」
「どうだろう…。話してみようとは思います」
「チヅルくん、自分で考えて頑張ってるから。
親も引いて見守ってあげられたらいいですけどね。
親ってなかなか引いていられないんですよね。
もう相手はふてぶてしい中学生なのに。
いつまでも赤ちゃんの頃が忘れらんなくて」
30分ほどかけて飲み切った。
歩いて帰るチヅルの父を見送って、ヒスイの父はバスに乗った。
その日の夜、ヒスイに連絡が来た。
明日また。
「お父さんっ。チヅルくん明日はちゃんと走るみたい」
床で寝かけている父に手をかけて揺する。
よかったよかったー、とぞんざいに言ったら叩かれた。
将軍と老中の話し合いはうまくまとまったらしい。
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