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端木 子恭

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標準とは

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 お父さん、太っちゃってた。

 体育館から帰った日、父は母にしょんぼりと報告していた。

 姉が生まれる前までは会社のサッカーチームに参加していたらしい。
 痩せてて活動的であったと母は懐かしんだ。

 父は、ビールと一緒に食べていたつまみを変えた。
 砂ぎも大好きだったのに。1週間枝豆をかじっている。

 ヒスイは今日、チヅルと自転車で出かける。
 ゲームの攻略本を手に入れるために。

 お祝いは四角い世界の旅がいいです。

 チヅルは週の半ばにそのような決断をしていた。
 サッカーボールは使いこなせる気がしない。

 将軍からの米攻撃を防御し、チヅルは自宅で筋トレを続けた。
 夕方、薄暗闇の中を1日おきに歩いていた。
 朝もちゃんと来て走った。

 国語の勉強を教えるときも顔をしっかり上げていたから、落ち込んでもいなかった。

 ちょっと顔が小さくなった?
 
 そう思ったが、ぬか喜びになるといけないからまだ黙っておいた。

 順調に1週間を過ごした結果、金曜日に喜びの連絡が届いたのである。

『見て』

 短いメッセージと共に送られてきたのは、体重計の写真だった。
 
 64.3㎏

 その表示にヒスイはバンザイする。

「やったー。チヅルくん、標準体重だ」

 母がおめでとうと拍手してくれた。
 父にも報告したかったが、飲み会だった。


 朝も起きてこなかったので、ヒスイは父を捨て置いて出かける。
 1週間の枝豆も無駄にするくらい味の濃いものを食べたに違いなかった。
 きっと顔はパンパンにむくんでいる。
 
 父の貯めたポイントで、先にソフトは購入済みだ。
 ヒスイのリュックには今、それが入っている。

 目標達成おめでとう

 油性ペンでパッケージの上に書いた。

 体育館のある方向にショッピングスクエアがある。
 広い敷地に店が横並びになっている区画だ。
 その中にある本屋を目指す。

 体育館よりはちょっとだけ遠い。
 残暑厳しい本日、水筒は大きめのものを持った。

「おはよう」

 橋の休み場で待っていると、チヅルが来た。
 学校指定の白ヘルじゃない。
 アルファベットのロゴが入ったヘルメットをかぶっていた。

 格好もちょっとお兄ちゃんっぽい。

「今日暑いね」

 そう言った声は子どもだった。

「ゆっくり行こう。汗かいちゃうから」

 チヅルに合わせてキーコキーコのリズムで漕ぎ出す。

「今朝はね、体重63.8㎏だったの」

 数字に踊らされ気味のチヅルが言った。

「朝は少なく出るんだよ。水分が出ちゃってるから。
 夜と比べてあんまり差が大きいとむくんでるってことになる」

 ヒスイはコーチとして留意点を挙げる。

「でも、体重自体はあんまり気にしすぎないでね。
 範囲2㎏で結構上下するから」

 ヒスイは人差し指と親指でレンジを示して言った。
 はい、とチヅルから素直な返事が返ってくる。

「お母さんが、ごはんが余ってるって心配してる」

 チヅルの呟きにヒスイはぴくっと反応した。

 米将軍。

「がんばって断ってる?」
「200gまでってお願いしてる。
 でも、グラム単位でちょっとずつ増やしてる気がする」
「チヅルくんはつらい?ごはん少ないと思う?」
「ぜんぜん。200gでもほんとは多いと思ってる。
 おかずの方が食べたいのに、ごはんでもうお腹いっぱいになっちゃって苦しい」
「おかずも多いの?」

 立上家の食卓を見てみたい。

 けれど、ごはんの量は立上さんの心配の量だ。
 むやみに怒れない。

 標準ふつうって、難しい。

  簑浦家の食卓は名もなき料理がほとんどだ。
 大皿でどしっと3つくらい出てきて、それをトングやスプーンで各自取る。
 テーブルはそのために2つくっつけられていた。
 真ん中ががたついているのはアジってやつである。

 炒め物がほとんどで、母がうっかりすると肉がなかった。
 芋で攻めてくる日も多い。

 きっと友達に聞いても各家庭で違うんだろうな。

 ヒスイは赤信号で水筒を開けた。
 1ヵ月ほど前のチヅルは真っ白だったのに、今見たら日焼けしている。
 
 みたらし。

 思いついたら食べたくなった。
 帰り、買って帰ろう。

 目的の本を買って、さっそく読んでみることにした。
 同じ敷地にあるドリンクバーがあるチェーン店に入る。
 
 本をめくり始めたチヅルに、ヒスイはリュックから取り出したソフトを渡した。

「お父さんのポイントと交換しました」

 ひひひ、と笑ってやる。
 びっくりした顔のチヅルがそれを受け取って、カードにある説明部分を熟読し始めた。

「ありがとう」

 攻略本の最初の方とカードを読み比べる。
 すごく丁寧に読んでいるので、ヒスイは先にドリンクバーに行った。

 席に戻ろうと歩いていると、チヅルがパソコンを開いているのが見える。
 見たことのないメーカーのノート型パソコンだ。
 ヒスイは覗き込むようにしてチヅルの手元を見る。

「チヅルくんのパソコン?」
「うん。ダウンロードして、ちょっとプレイできたらしようと思って」

 携帯型のWi-Fiは、家から借りてきたものだ。
 ダウンロードしている間にチヅルはドリンクバーに行く。
 そこでもしばらく説明を読んでいた。

 ダウンロードが完了して、次の作業を促す画面になったところでチヅルが戻る。
 ドリンクを飲みながら、画面を覗きあってしばらく遊んだ。

 チヅルのスポーン位置は雪山で、あっという間に死ぬ。
 おかしくてヒスイは笑った。
 大きな声では笑えないから、口を押えて笑った。
 チヅルは最初ぽかんとしていたが、つられたように笑いだした。

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