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学校に行かないこと
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チヅルの父は、自営業みたいなことをしている。
自宅とは別に駅前のマンションの部屋を借りていた。
そこを会社所在地として登録している。
CGの画像を作る仕事で、いつも座って作業していた。
ぽよぽよした手から緻密な構造の絵が出来上がる。
今でもそれはすごいと思っていた。
現在父は駅まで20分ほどの距離をなるべく歩くことにしている。
父さんも痩せられるかな、と笑っていた。
母は痩せる、という言葉に敏感である。
痩せるということにネガティブなイメージがあるようだ。
貧困、虐待など不幸せと痩せているのはイコールらしい。
父が歩き始めてから炊く米の量は増えていた。
「立上さんは、米信者なんだね」
最終的にはウォーキングを選択する。
そのチヅルの隣でランニングしながらヒスイが言った。
「信者?」
妙な言葉にチヅルは眉を寄せる。
立上家でのコメ消費について話していた。
体重を落としたいときの炭水化物のコントロールはやっかいである。
ヒスイはそう主張した。
「米を食べれば、たいてい何とかうまくいくー、みたいな考え方」
「むしろ米を食べてなきゃ悪いことが起こるって感じ」
「そりゃーすごいね」
太ったことなんかなさそうなヒスイはご陽気に笑っている。
「ひーさんは太ってた時期ってあるの?」
あるよ?と意外な答えが返ってきた。
「生まれたての頃はもーぷくぷく赤ちゃん。
この子歩けるのかなって心配になるくらいぷにぷにだったって」
「生活習慣とか関係ない頃じゃん」
「陸上やめたら太るんじゃない?
3年生の先輩たち、受験勉強の間に20㎏近く増えたって言ってた」
「やっぱり炭水化物?」
「それもあるね。ごはんのおかわり止まらないんだって。
あと、ジャンクフードがやめられない」
チヅルには、再来年もう一度危機が来ることを知る。
「ねえチヅルくん」
ヒスイは不意に話題を変えた。
「答えたくなかったらスルーしていいんだけど。
学校行かないって、どんな感じだったの?」
チヅルは思わずヒスイを見て顔を固まらせる。
どんな感じ?
ヒスイの欲しい答えはなんだろうと探した。
大人は、つまらないから本当は学校に行きたいという答えを望む。
同級生は、チヅルに原因があったっていう答えを望む。
ヒスイの顔にはその手がかりがない。
正解はチヅルに任せている質問だと分かった。
「静かだった」
チヅルはマシンの勾配を徒に上げる。
「学校に行かなくなった原因ははっきりしなくて。
どうしても担任の先生とうまくいかなくなった。
プロトタイプっていうか。そういう人だった。
そのうち、担任の先生のお気に入りの子たちとも上手くいかなくなったの。
教室にいても、語るタイプの先生だったから気持ちがしんどくて。
家で夢中で字を書いていたくなっちゃった。
それで休むようになった」
「ずっと?静かに習字してたの?」
ヒスイは驚いた。
チヅルはヒスイなどよりよっぽど腹が据わっている。
独善を熱く語る担任の言葉に流されなかった。
なんなら自分から距離をとった。
多分大人はチヅルのしたことを逃避と言ってしまう。
いけないことと言う意味で使う。
チヅルは自分の好きな部分をなくしたくなかった。
それにずけずけ触れてくる態度が耐え難かったのだろう。
必要だったのは、ひとつはチヅルの心の守り方を知ることだ。
もしヒスイが不登校したら、絶対漫画読む。
ゲームして、おかし食べ放題。
ドラマ見すぎて母と姉と大喧嘩になる。
そして三日目には学校に行くだろうと思った。
もし自分なら、「へへへ」って笑いながら。
なんて自我の叫びのないヒスイ。
「最初のうちだけね」
チヅルは苦笑した。
たまに教室へ行っては、しばらく腫物扱いを受ける。
そして前のような態度で大丈夫だと安心され、すぐまた元に戻った。
筆を動かしていると気持ちがその世界にすとんと落ちていく。
流線美にうっとりしたり、かすれも気にせず直線を引く力強さに興奮したり。
チヅルにとって筆は何より夢中になる遊びだった。
夢中になる時間が長いほど、現実にがっかりするような気分になる。
「チヅルくんはゲームやる?」
またヒスイが話題を変えた。
「パソコンゲームなら、何回かやったことある」
5%の勾配を興味深そうに試しながらチヅルは答える。
「ゲーム機持ってないおうち?」
「ないかも」
そういえばそれで同級生と話題がなかった。
「よっし。決めた」
ヒスイがいいこと考えついたと笑う。
「チヅルくんが標準体重に到達したら、お祝いしよう。
ゲーム買おう。
あの、四角い世界を冒険するやつ」
チヅルがきゅっと首を傾げた。
「どうして?」
「チヅルくんの新しい世界。
アーティストだから向いてる気がするんだよねー」
それに、とヒスイは父を見る。
「ねー、お父さん。
チヅルくんとフレンドになって一緒に冒険できたら楽しいよね」
おう、と、広背筋を鍛えながらおじさんが返事した。
こちらも夢中になっていたらしく滝のように汗をかいている。
「ね。四角い世界をうちのお父さんとチヅルくんと、私とで旅しよう。
ああ、サッカーボールがよかったらそっちにするよ。
友達がいるんでしょ?サッカー部」
「小学校の時の同級生ね」
特に一緒にサッカーして遊んだ友達などじゃなかった。
「何か自分にご褒美ってこと?」
「そうそう。それ大事だと思うんだよ」
ふーん、とチヅルは考える。
「3.2㎏減るときまでに考えておくね」
「よしきた」
何かを請け負ったヒスイは時間いっぱいまで走った。
マシンで歩くのも、楽しいな、とチヅルは思った。
自宅とは別に駅前のマンションの部屋を借りていた。
そこを会社所在地として登録している。
CGの画像を作る仕事で、いつも座って作業していた。
ぽよぽよした手から緻密な構造の絵が出来上がる。
今でもそれはすごいと思っていた。
現在父は駅まで20分ほどの距離をなるべく歩くことにしている。
父さんも痩せられるかな、と笑っていた。
母は痩せる、という言葉に敏感である。
痩せるということにネガティブなイメージがあるようだ。
貧困、虐待など不幸せと痩せているのはイコールらしい。
父が歩き始めてから炊く米の量は増えていた。
「立上さんは、米信者なんだね」
最終的にはウォーキングを選択する。
そのチヅルの隣でランニングしながらヒスイが言った。
「信者?」
妙な言葉にチヅルは眉を寄せる。
立上家でのコメ消費について話していた。
体重を落としたいときの炭水化物のコントロールはやっかいである。
ヒスイはそう主張した。
「米を食べれば、たいてい何とかうまくいくー、みたいな考え方」
「むしろ米を食べてなきゃ悪いことが起こるって感じ」
「そりゃーすごいね」
太ったことなんかなさそうなヒスイはご陽気に笑っている。
「ひーさんは太ってた時期ってあるの?」
あるよ?と意外な答えが返ってきた。
「生まれたての頃はもーぷくぷく赤ちゃん。
この子歩けるのかなって心配になるくらいぷにぷにだったって」
「生活習慣とか関係ない頃じゃん」
「陸上やめたら太るんじゃない?
3年生の先輩たち、受験勉強の間に20㎏近く増えたって言ってた」
「やっぱり炭水化物?」
「それもあるね。ごはんのおかわり止まらないんだって。
あと、ジャンクフードがやめられない」
チヅルには、再来年もう一度危機が来ることを知る。
「ねえチヅルくん」
ヒスイは不意に話題を変えた。
「答えたくなかったらスルーしていいんだけど。
学校行かないって、どんな感じだったの?」
チヅルは思わずヒスイを見て顔を固まらせる。
どんな感じ?
ヒスイの欲しい答えはなんだろうと探した。
大人は、つまらないから本当は学校に行きたいという答えを望む。
同級生は、チヅルに原因があったっていう答えを望む。
ヒスイの顔にはその手がかりがない。
正解はチヅルに任せている質問だと分かった。
「静かだった」
チヅルはマシンの勾配を徒に上げる。
「学校に行かなくなった原因ははっきりしなくて。
どうしても担任の先生とうまくいかなくなった。
プロトタイプっていうか。そういう人だった。
そのうち、担任の先生のお気に入りの子たちとも上手くいかなくなったの。
教室にいても、語るタイプの先生だったから気持ちがしんどくて。
家で夢中で字を書いていたくなっちゃった。
それで休むようになった」
「ずっと?静かに習字してたの?」
ヒスイは驚いた。
チヅルはヒスイなどよりよっぽど腹が据わっている。
独善を熱く語る担任の言葉に流されなかった。
なんなら自分から距離をとった。
多分大人はチヅルのしたことを逃避と言ってしまう。
いけないことと言う意味で使う。
チヅルは自分の好きな部分をなくしたくなかった。
それにずけずけ触れてくる態度が耐え難かったのだろう。
必要だったのは、ひとつはチヅルの心の守り方を知ることだ。
もしヒスイが不登校したら、絶対漫画読む。
ゲームして、おかし食べ放題。
ドラマ見すぎて母と姉と大喧嘩になる。
そして三日目には学校に行くだろうと思った。
もし自分なら、「へへへ」って笑いながら。
なんて自我の叫びのないヒスイ。
「最初のうちだけね」
チヅルは苦笑した。
たまに教室へ行っては、しばらく腫物扱いを受ける。
そして前のような態度で大丈夫だと安心され、すぐまた元に戻った。
筆を動かしていると気持ちがその世界にすとんと落ちていく。
流線美にうっとりしたり、かすれも気にせず直線を引く力強さに興奮したり。
チヅルにとって筆は何より夢中になる遊びだった。
夢中になる時間が長いほど、現実にがっかりするような気分になる。
「チヅルくんはゲームやる?」
またヒスイが話題を変えた。
「パソコンゲームなら、何回かやったことある」
5%の勾配を興味深そうに試しながらチヅルは答える。
「ゲーム機持ってないおうち?」
「ないかも」
そういえばそれで同級生と話題がなかった。
「よっし。決めた」
ヒスイがいいこと考えついたと笑う。
「チヅルくんが標準体重に到達したら、お祝いしよう。
ゲーム買おう。
あの、四角い世界を冒険するやつ」
チヅルがきゅっと首を傾げた。
「どうして?」
「チヅルくんの新しい世界。
アーティストだから向いてる気がするんだよねー」
それに、とヒスイは父を見る。
「ねー、お父さん。
チヅルくんとフレンドになって一緒に冒険できたら楽しいよね」
おう、と、広背筋を鍛えながらおじさんが返事した。
こちらも夢中になっていたらしく滝のように汗をかいている。
「ね。四角い世界をうちのお父さんとチヅルくんと、私とで旅しよう。
ああ、サッカーボールがよかったらそっちにするよ。
友達がいるんでしょ?サッカー部」
「小学校の時の同級生ね」
特に一緒にサッカーして遊んだ友達などじゃなかった。
「何か自分にご褒美ってこと?」
「そうそう。それ大事だと思うんだよ」
ふーん、とチヅルは考える。
「3.2㎏減るときまでに考えておくね」
「よしきた」
何かを請け負ったヒスイは時間いっぱいまで走った。
マシンで歩くのも、楽しいな、とチヅルは思った。
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