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端木 子恭

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座ってできる運動

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 一度服を替えた。

 タオルをもってトレーニング室へ、と言われてどきどきしながら入った。
 あと1時間くらい使っていいみたい。

 チヅルは脂身しかない自分がこんなところに入り込んで怒られないか悩んだ。
 ここは大人がついていれば中学生の利用も可能となっている。

 ダンベルやバーベルなど、見たことがあるものもあった。
 知らないものの方が多い。

「チヅルくん、どれかやってみようよ」

 うきうきとヒスイが誘った。
 彼女はボートをこぐような器械で遊んでいる。

「何がどうなってるのか分からないよ」

 チヅルはおろおろと周りを見ながら言った。

「クランチは?」

 ヒスイの父が細い診察台みたいなものを指す。
 こうやって、こうやって。とお手本で何回かやって見せてくれる。
 
「チヅルくん腹筋運動大変って思ってるんでしょ?」

 顔に書いてあったのかと思うほどその通りだった。
 
「これ、床でやるより楽だからやってごらん」

 言われた通りにしてみると、本当に楽に起き上がれる。

「ほんとだ。できる」

 感動して何回も腹筋してみた。
 家でやった時は一回ですらぶるぶる震えてできなかったのに。

「腰も痛くない」

 でしょー?と父は嬉しそう。

 100回でもできそう。

 調子に乗ってそんなことを思ったが、11回でお腹が痛くなった。

「おー効いてるー」

 お腹をおさえて動きを止めたチヅルにヒスイの父はそう言って笑う。

「チヅルくんはやっぱこれじゃない?」

 ヒスイの声がした。
 彼女はランニングマシーンに取りついている。

「ウォーキングもできるよ。
 今日みたいな日なんかマシンでもいいね」

 にっと歯を見せて笑った。

「そういえば、チヅルくん最初に計量したの?」

 父が娘に尋ねる。

「してなーい」

 機械の設定に夢中な娘はシンプルに答えた。

「計ったら?目標になるでしょ」

 ひょいと壁際にある身長体重計を指さされる。
 チヅルはきゅーっと顔を赤くした。
 
 はー恥ずかしい。70kg以上あるって明らかにされるー。

 隠し果せないお腹なのに、妙な羞恥心で動揺してしまう。

「お父さんも計ろうかなー。何か月も計ってないもん。
 チヅルくんちょっと手伝って」

 ヒスイの父はすたすた歩いて行って体重計の上に自らをセットした。

「その辺にスイッチがあると思うんだけど、押してくれる?」

 チヅルが近づいて行ってボタンを押す。
 ジーッという音がして、身長計の横規が降りてきた。

 173cm、66㎏。

 感熱紙に印刷されて出てくる。
 おもしろいなあ、という顔で見ていたらぱっと「交代」と言われた。
 思わず気をつけでセットされてしまう。

「目と耳が水平になるように立っててねー」

 ヒスイの父の声と共に、ジーッという音がした。
 おろおろしている間に横規が頭から離れていく。
 感熱紙が印刷されてくる音がした。

「あっ」

 ヒスイの父がそれをつまみ上げてしまう。
 スマホを開いて何か入力していた。
 チヅルは不安げにその動作を見る。

 見た目もそうだけどすごいでぶだって数字で明らかになっちゃった。

 スポーツをしていた人から見たら信じられない体たらくだろう。
 逆に何したらそんなに太れるんだ。
 そう思われたらどうしよう。

「あー。やっぱり。もうちょっとだ」

 予想に反して、ヒスイの父からはそんな言葉が漏れた。

「ほら」

 ヒスイの父はスマホの画面を見せる。

 160cm、68kg 
 BMI 24

「あれ、ちょっと痩せてる…」

 ほっとしてチヅルは呟いた。

「ほら、その下の方。
 標準体重の範囲の上限。64.8㎏ってなってる。
 あと3.2㎏だよ。もう1週間でいけるかもしれないよ?」
「わあ…」

 チヅルは感動して大きく息を吸い込む。

「標準体重だって…、嘘みたい」

 僕ね、とチヅルは言った。

「僕、小学4年生の時は148cmで41㎏だったんです」

 ヒスイの父は初めて自分から話してくれたチヅルを見て頷く。

「5年生になって、急に太っちゃった」
「習い事のスポーツやめたとかで?」

 塾に行き始めるタイミングだ。
 そういうい子も多い。

 チヅルは首を振った。

「もともとスポーツはやってなかったんです。
 ただ、おもちの食べ過ぎで…」
「んっ」

 ヒスイの父は吹き出すのをすんでのところで留まる。

「お母さんが僕に元気になってもらおうと思って毎日作ったんです。
 僕、頑張って毎日食べました。そしたらどんどん太っちゃって」
「ふーん…」

 ヒスイに言わすところの「将軍」か。

「僕、不登校だったんです。
 2年間」

 とんでもない事情をぶちこんだチヅルを、ヒスイはぎょっと見た。
 父は笑いをおさめて真面目にチヅルを見ている。

「そっか」

 父はそう言って感熱紙をチヅルに渡す。

「すごいな。それなのにあんなに頭良いんだ。努力家だ」

 ヒスイの父が笑うと、チヅルもおずおずと笑顔を見せた。

「じゃあ、3.2㎏、落とせるな。
 どれ使ってみたい?」

 再び器械を示す。
 チヅルは今度は自分から選びに行った。
 レッグプレスに座ってみる。

「これ、いいなあ。
 座って筋トレできちゃうの」

 説明を読みながら足を伸ばした。
 軽いなあと思ったらおもりが一枚もついていない。
 ヒスイの父がいい所に調節してくれた。

 ふーっと息を吐きながらやってみる。
 今朝まで元気が出ない出ないと思っていた。

 今、すごく楽しい。

 
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