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時、至れば

AVANT

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 藍は、盲腸で入院していたらしい。
 そして退院した。

 入れ違いに昊が風邪をひいた。
 暫時離脱中である。

 昊は人の姿ではなくなった。
 蛟龍でずっと過ごしている。
 日中は部屋で丸まっていた。

 龍の姿でもぽーっとしている。
 稔次がその近くで丸まっていた。
 
 かと思えばどこかに出かけていたりする。
 沼や森に行くのだ。

 爬虫類でこういうの見たことある。
 まさか。


「脱皮?」

 敏腕助手、小法師に尋ねた。

「はてな」

 図鑑に載ってないこともある。
 小法師はレジ横で藍を見上げていた。

「脱皮ではないと思うが」
「風邪?」
「時期であるしなあ」
「何の」

 小法師はうにょうにょ言って答えない。

 藍が蜃気楼に入っている間に、ゴールデンウィークは過ぎた。
 滞っていた各所に謝罪を入れた。
 
 昊は本当によくやってくれていた。
 小法師もだって言われた。
 
 5月の半ば。

 もう2週間くらいぽやーっとし続けている。
 そんな昊が寝る前の藍に話しかけた。

「風邪じゃないのかもしれない」

 藍は脱皮説を捨てきれなかったが、黙って聞いている。

「藍。俺、戻ってきてもいいか?」

 丸まった蛇みたいな格好で聞いた。
 丸まった子どもにも思える。

「俺はもう姿を消す。
 どこかから蜃気楼を吐くんだろう」

 楽しみにしていたことなのに、辛そうな声だった。
 藍はそうっと近寄る。
 昊が警戒しないように。

「いつなのか分からないけど、きっともうすぐ。
 藍は家の中にいて、絶対に外に出ないで。
 もし嵐に巻き込まれてるのが見えたって、俺は引き返せない」

 天へと望むのは本能だから。
 
「わかった」

 藍は頷いた。

「どこで?」
「わからない。
 水の上だ。広いところ」

 先だって見た吏王の楼閣を思い出した。
 
 あれと同じ規模のものを広げるには、それなりの場所が要る。

「藍に挨拶してからなんてできない。
 行きたくなったら何も言わずに出かける」
「平気だよ。
 そんなことで昊に怒ったりしないし」

 藍は昊の鼻の上に手をかざした。

「好きな時に出かけておいで」

 指で優しく触れる。

「龍になれたら、ここに戻ってきてもいいか?」

 昊はぼんやりしている分、余計子どもに見えた。

「龍になれたら、昊が決めるんだよ。
 もうその時には大人でしょ」
「そうか」

 昊がふわふわと笑う。

「そうだな」


 その週に昊は帰ってこなくなった。
 小法師も稔次もいなくなった。

 藍は昊の場所が分かったけれど、追わなかった。

 ただ、気になるニュースにどきどきした。

 今年は何故か、杜若が食い荒らされて県内では壊滅状態である。
 燕の営巣も様子がおかしい。
 途中で投げ出された巣がたくさんある。
 海で魚の群れが消えた。

 昊のいるあたりと重なっていた。
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