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氷塞城市
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家が見えてきて、門開けてと言ったらすぐに開いた。
すぐ後ろを姐さんが追いかけてきたので閉めて鍵をかける。
「出禁! 面会謝絶です!」
そう言い放つと家の中に走って行った。
はーとんでもない。
息を切らしながら泉殿を覗いた。
吏王は泉の中にいて、目を開けている。
睨むような目ではなかった。
どこかぼんやりしている。
「姐さんを締め出したんですか」
声は楽しげだ。
「あの人やばいですよ?」
藍が言うと、吏王はその場で人の姿になる。
「自分はあの人に育てられました。
こっちもやばいです」
出禁ですか?と問われた。
「平気です。すぐ私が出て行きますから」
藍はそう答えて縁に座る。
「無理しなくていいんですよ。
人の姿になってるのもつらいでしょ?」
疲れの浮かぶ顔をしていた。
すぐに白龍の姿にもどる。
「姐さんが良い親でないことは知ってます」
夕焼け色のたてがみが水に揺蕩う。
きれいな生き物だな、と思った。
「とんでもなく性根が悪くて、てめえのことしか考えない。
それでも自分をかわいがってくれたんです。
なりに、って話ですが。
そんな姐さんに、自分は借りをつくってしまった」
楼閣の主なのに吏王は彼女に遠慮がある。
「どんな借りでももうなしですよ」
戦国時代から何世紀経ってる。
「間違って命を奪ってしまっても?」
あのぶっ飛んだ人に権限を与えている理由が。
贖罪。
「ここの主は好きにして良いんですよ。
採用も解雇も自由じゃないですか」
藍は快活に言い切る。
白龍がちょっと牙を見せて息を吐いた。
ケガが痛むのかと思って藍は様子を見つめる。
「休んでください。
しばらく彼女は出禁のうえ面会謝絶です」
「回復してしまっていいんですか?
また藍さんのとこの蛟龍に喧嘩売りに行きますよ」
はは、と苦笑した藍はその瞬間に驚いた。
昊の顔が出てこない。
「……忘れた?」
吏王が顔を覗き込んできた。
龍の姿の昊は覚えている。
稔次は出てくる。不思議。
「覚えてる」
半分ウソ。
白龍はふうんて顔をしている。
「吏王さん、水の中の方がいいんですか?
それとも中に入りますか?」
藍が聞いた。
吏王は静かに泉から尾を引き上げる。
血は止まっていたし、肉もくっつきかけていた。
火鉢とか、クッションとかあったらいいのになあ。
藍がそうつぶやいたのと同時に誰かがそれを室内に置いた。
「はやい……」
これは昨日から度肝をぬかれる。
「吏王さん一人の生活が長かったんでしょ?
何して過ごしてたんですか?」
火鉢のそばに大きなクッションを置いて寄りかかった。
中身は何だろう。
羽根っぽい。
「外に食べに行ってるか、寝てるかです」
藍の後ろからまわり込んできて吏王が答える。
「漫画とかドラマ見たりしない?」
「しません」
昊のように頭を撫でさせてくれる雰囲気ではなかった。
「本を読んだりは?」
「いえ」
「海に行って遊んだり、山に行って遊んだりは?」
「人間のようにはしません」
吏王は笑い出した。
あの姐さんによく似た笑い方ではない。
おかしいね、というような子どもの笑い方だった。
「……蛟龍のようにだって遊んだことはないか」
ずいぶん幼い頃から囚われて、仕事を与えられた。
「じゃあ、遊びます?」
藍はテレビと映画のディスクがあったらいいなと呟いてみる。
やはりすぐさま誰かが設置した。
「動けない人の暇つぶしといえば鑑賞マラソンでしょ?」
藍は届けられた映画のタイトルを確認する。
観たい、観せたい、と思ったものばかりでうきうきした。
「吏王さんのまち、楽しい」
藍が言うと、吏王は嘆息する。
「楽しくしてるのは藍さんです」
通常恐れてこんな要求はしない。
まず姐さんを船から蹴り落とすなんてしないのだが。
「どれにしますか?」
選抜した映画のタイトルを示した。
ゾンビと戦うやつ。
謎の生物と戦うやつ。
不遇な青年が希望を見出すやつ。
有名な探偵が推理するやつ。
藍が見せたいものは押し付けがましくなるから、自分で選ぶといい。
吏王は困ってただ眺めていた。
「おすすめを再生してください」
藍の無茶を誰かが聞いてくれる。
まず初めは外来生物に宇宙船の中で襲撃されるやつから始まった。
誰のおすすめなんだろうと笑いながら観た。
途中で吏王がまた寝入った。
藍が「そっと枕を当ててあげてください」と言ったら誰かが素早くそれを叶えてくれる。
体長が5mくらいあるから部屋の中に占める枕の量がすごくなって笑えた。
昊はこんなふうにしたら喜んで遊ぶんだろうな。
そう思った時、男の子の顔を思い出した。
「藍」って全開で笑う男の子の顔を。
まだ大丈夫。帰れるよ。
藍は胸にある石を握った。
すぐ後ろを姐さんが追いかけてきたので閉めて鍵をかける。
「出禁! 面会謝絶です!」
そう言い放つと家の中に走って行った。
はーとんでもない。
息を切らしながら泉殿を覗いた。
吏王は泉の中にいて、目を開けている。
睨むような目ではなかった。
どこかぼんやりしている。
「姐さんを締め出したんですか」
声は楽しげだ。
「あの人やばいですよ?」
藍が言うと、吏王はその場で人の姿になる。
「自分はあの人に育てられました。
こっちもやばいです」
出禁ですか?と問われた。
「平気です。すぐ私が出て行きますから」
藍はそう答えて縁に座る。
「無理しなくていいんですよ。
人の姿になってるのもつらいでしょ?」
疲れの浮かぶ顔をしていた。
すぐに白龍の姿にもどる。
「姐さんが良い親でないことは知ってます」
夕焼け色のたてがみが水に揺蕩う。
きれいな生き物だな、と思った。
「とんでもなく性根が悪くて、てめえのことしか考えない。
それでも自分をかわいがってくれたんです。
なりに、って話ですが。
そんな姐さんに、自分は借りをつくってしまった」
楼閣の主なのに吏王は彼女に遠慮がある。
「どんな借りでももうなしですよ」
戦国時代から何世紀経ってる。
「間違って命を奪ってしまっても?」
あのぶっ飛んだ人に権限を与えている理由が。
贖罪。
「ここの主は好きにして良いんですよ。
採用も解雇も自由じゃないですか」
藍は快活に言い切る。
白龍がちょっと牙を見せて息を吐いた。
ケガが痛むのかと思って藍は様子を見つめる。
「休んでください。
しばらく彼女は出禁のうえ面会謝絶です」
「回復してしまっていいんですか?
また藍さんのとこの蛟龍に喧嘩売りに行きますよ」
はは、と苦笑した藍はその瞬間に驚いた。
昊の顔が出てこない。
「……忘れた?」
吏王が顔を覗き込んできた。
龍の姿の昊は覚えている。
稔次は出てくる。不思議。
「覚えてる」
半分ウソ。
白龍はふうんて顔をしている。
「吏王さん、水の中の方がいいんですか?
それとも中に入りますか?」
藍が聞いた。
吏王は静かに泉から尾を引き上げる。
血は止まっていたし、肉もくっつきかけていた。
火鉢とか、クッションとかあったらいいのになあ。
藍がそうつぶやいたのと同時に誰かがそれを室内に置いた。
「はやい……」
これは昨日から度肝をぬかれる。
「吏王さん一人の生活が長かったんでしょ?
何して過ごしてたんですか?」
火鉢のそばに大きなクッションを置いて寄りかかった。
中身は何だろう。
羽根っぽい。
「外に食べに行ってるか、寝てるかです」
藍の後ろからまわり込んできて吏王が答える。
「漫画とかドラマ見たりしない?」
「しません」
昊のように頭を撫でさせてくれる雰囲気ではなかった。
「本を読んだりは?」
「いえ」
「海に行って遊んだり、山に行って遊んだりは?」
「人間のようにはしません」
吏王は笑い出した。
あの姐さんによく似た笑い方ではない。
おかしいね、というような子どもの笑い方だった。
「……蛟龍のようにだって遊んだことはないか」
ずいぶん幼い頃から囚われて、仕事を与えられた。
「じゃあ、遊びます?」
藍はテレビと映画のディスクがあったらいいなと呟いてみる。
やはりすぐさま誰かが設置した。
「動けない人の暇つぶしといえば鑑賞マラソンでしょ?」
藍は届けられた映画のタイトルを確認する。
観たい、観せたい、と思ったものばかりでうきうきした。
「吏王さんのまち、楽しい」
藍が言うと、吏王は嘆息する。
「楽しくしてるのは藍さんです」
通常恐れてこんな要求はしない。
まず姐さんを船から蹴り落とすなんてしないのだが。
「どれにしますか?」
選抜した映画のタイトルを示した。
ゾンビと戦うやつ。
謎の生物と戦うやつ。
不遇な青年が希望を見出すやつ。
有名な探偵が推理するやつ。
藍が見せたいものは押し付けがましくなるから、自分で選ぶといい。
吏王は困ってただ眺めていた。
「おすすめを再生してください」
藍の無茶を誰かが聞いてくれる。
まず初めは外来生物に宇宙船の中で襲撃されるやつから始まった。
誰のおすすめなんだろうと笑いながら観た。
途中で吏王がまた寝入った。
藍が「そっと枕を当ててあげてください」と言ったら誰かが素早くそれを叶えてくれる。
体長が5mくらいあるから部屋の中に占める枕の量がすごくなって笑えた。
昊はこんなふうにしたら喜んで遊ぶんだろうな。
そう思った時、男の子の顔を思い出した。
「藍」って全開で笑う男の子の顔を。
まだ大丈夫。帰れるよ。
藍は胸にある石を握った。
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