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氷塞城市

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 吏王はなかなか起きなかった。
 昊も最初はそうだったから、藍は自分が起きるのと同時に外出する。

 ここは太陽が動かないので各自で1日を決めるしかないようだ。
 庭を通りかかったらまたすももをもらう。
 いってきます、と挨拶した。

「散策かい」

 門を出たところで声をかけられる。
 手からすももがなくなった。

「姐さん」

 藍から奪ったすももをかじる人を睨む。

「泥棒ですよ、それ」
「案内の代金だよ」

 楼閣からまっすぐ行くと立派な港があった。
 内海に氷は入ってこない。
 何ヶ所か水が湧き出していた。
 海中には珊瑚が見える。
 この港だけは温かいのだ。

 座ってのれる木の船が1艘やってくる。
 砂浜は庭園になっていて石や松が綺麗に配置されていた。
 客殿にはお世話をする者たちが控える。

 港のずっと端に、木の板で作られた無骨な屋敷があった。
 時折出てくるのは、見たことのない装備の、兵隊?

「あれは何?」

 後ろをついてくる姐さんに聞いた。

「あれは兵士たち。
 この海岸を警備するって体だが」

 姐さんは出てきた兵士を手招く。

「あいつらのかしらは白龍の最初の持ち主だよ」

 そばにきた兵士は簡単な胴当てのようなものをつけていた。
 足は裸足である。

「お客人が来てるんだよ。
 あんたら模擬合戦でも見せてやんな」

 兵士は素早く屋敷に帰って行った。
 港とは逆側の広場に人が集まる気配がする。
 そちら側に行ってみると急に冷たい空気が流れてきた。


 人や妖怪、動物などが数人のグループを作って見合う。
 椅子に座った人物が合図すると、戦いが始まった。

 みずら髪ってやつだ。
 あれは縄文時代? ……いや、弥生時代だ。

 リーダーっぽいおじさんは鉄の鎧にくつを身につけていた。

「ただの遊びだ。
 戦じゃないから安心してみてな」

 姐さんはそう言ったが。
 剣や槍を模した木の棒で行っている。
 藍の目には完全に戦いだ。

 負けた方は散々攻撃されて虫の息である。

「白龍はこういうのを何年も見て育った」

 姐さんが言う。

「まだ蛟龍になりたてで、……人でいったら四、五歳か。
 そんくらいのチビの時分に出会ったのがあの将軍」

 藍は顔を歪めて二人のかしらを見比べた。

「子どもに見せていいやつじゃない」
「綺麗事はそうだね。
 けど、白龍はそのおかげで生き延びてきた」

 負けた方の兵士を、見ていた兵士が担ぎ上げる。
 氷の浮かぶ海へと投げ入れた。

「何してるの?」

 姐さんが「おっとぉ」と慌てたように藍の手を引く。
 
「もう行こうかね」

 その顔は、それでも愉快そうに海を見ていた。
 姐さんを見ていた藍の背後で悲鳴が上がる。

 振り返った時、兵士の数は減っていた。

「海には怪獣も潜んでるからね。
 気をつけないとさ」
「……」

 藍はその場を離れた。
 林の中を通って人家の方へ戻る。

「将軍は今や何も覚えていない。
 あたしや白龍の言うことを聞いて過ごすだけ」

 その口調は、まるでザマアミロと言っているようだった。
 姐さんも将軍とか兵士にいい感じは持っていない。

「姐さんは何のリーダーだった?」

 藍の質問に、彼女は誇らしげに笑った。

「盗賊どもの首領だ。
 砦を持っててね。二、三十人ほどまとめてたんだよ」

 1クラス分くらい?

「周りをいろんな家の領地に囲まれてる場所だった。
 お嬢さんみたいに綺麗事言ってたら生きていけない。
 子どもから死んじまうような土地だったんだ。
 喧嘩のために、あたしは白龍を生け捕りに行った」
「無理やり連れてきたの? 最低」
「その時のあいつはもう、人なら十三、四だったよ」
「子どもでしょ」
「たいして子どもじゃねえだろ」

 藍と姐さんの常識はだいぶ異なる。

「白龍は人の言葉が話せた。
 賢かった。すぐ仕事覚えるから、仕込みがいがあったね」

 藍が目を瞠った。

「あんた、最低に最低なこと言ってるって知ってる?」

 もはや遠慮が吹っ飛んでいる。

 子どもに盗賊教育してすげえだろって言ってる。

 藍は胸のうちがざらつくのを覚えた。
 この人を嫌いと思った理由その一はきっとこれ。

「一人で生きてくときに必要な技術だよ」

 盗賊の頭領はかけらも悪いと思っていない。

「別の方法教えてあげたほうがいいでしょ」
「あたしが知ってるのを教えたまでだ」
「最低だよ」
「一緒にいたのはあたしなんだからね。
 後からならいくらでも綺麗事言えるんだ」
「誘拐したくせに?」
「縁があったからな」

 だめだ、この人。 
 考え方の根本が違いすぎる。

 藍は平行線を辿る議題を一旦下ろした。

 まちの真ん中あたりを、吏王によく似た人が歩いている。
 驚いて声をかけた。

「吏王さん、もう起きたんですか?」

 近くで見ると顔つきが全く違っていた。

「……」

 違う人。
 
 その人は戸惑った顔を見せた後、また歩き出す。

「あれは元、吏王だよ」

 今は誰でもないと姐さんは言った。

「白龍は、人が食える。
 食らってそいつそっくりな姿になって、しばらく過ごす。
 簡単だろ? お嬢さんの綺麗なやり方より。
 押し入らなくても仕事できるし、便利だったねえ」

 藍が姐さんをはっきりと睨む。

「何てことさせてんの」
「あたしと会った時にはもう人を食ってた」

 面倒くさそうに姐さんはつづける。

「何でもかんでもあたしのせいにすんな」

 では、あの将軍は?

 藍が港を振り向くと、その頭に姐さんの息がかかった。
 すぐそばに寄って鼻で笑ったみたいだ。

「将軍は最初に食い散らかされた人間。
 ここにいるのは霊魂」

 ぽんぽんと軽く藍の頭をはたく。

「あたしも噛まれた。
 一緒に戦ってたのに」


 藍はすっと目を細めて姐さんを見た。

 
 なるほど。霊魂。いい思い出いっこもない。

 藍はさっさと走り出した。
 家まで一直線に。

「もう姐さんの案内はいりませんっ」
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